その衝動は不意に、やってきた。──嫉妬
しばらく忘れていた感情だけに、不快なそれが嫉妬だと気づくのに暫くかかった。
テンペスト
シャアの視界を遮るように白い機体が一機、目の前に現れた。そしてくすんだ空を駆けていく。
疾走するあれはプレッシャーで判る。アムロの愛機だ。
どこへ向かおうというのか。
見る間にそれは小さな粒と化す。『大佐。そろそろお戻りを』
全天を映すスクリーンの一角にモニタが開き、ゼクスの顔が浮かぶ。
「了解だ」
眼下には焦げた色の大地と暗い海、低空飛行に移るラー・カイラムが見える。
地球の重力をひしひしと感じながら、シャアはサザビーを反転させると発着デッキに向け降下を始めた。
途中、振り返ると白点だったνガンダムはすでに機影の欠片もなかった。
「宇宙暮しに慣れた身には、この重力はやはり重いな」「慣れるまで、とも言えますが、モビルスーツを嬉々として乗りこなす大佐のお言葉とも思えませんが」
コクピットから降りると早速ゼクスが出迎えた。
「君はそう言うが、さすがに二十代のようにはいかんよ」
「では本国の居心地の良いソファにふんぞり返りながら指揮をとられますか?」
すました顔で答えるゼクスにシャアは笑いを洩らした。それこそ出来ない相談である。
それに本国も今は混乱していてとても安穏としてなどいられない状態だ。ゼクスは知っていて言ったのだ。「そういえば今、アムロが出ていったな」
ゼクスがここにいるということはアムロが出ていくのも見ていたはずである。
「νガンダムは今回の地球降下が地上での初動です。偵察を兼ねて性能を見極めようというのでしょう」
「そうか」
「アレは宇宙戦用です。特にあの羽根は地球上では難しいですからね」
「そうだな。運動性を上げるか、さもなくば機体の性能を保つためにもファンネルそのものを地球では降ろすか。それとも別の機体に乗 り換えるか、だな。しかし他の機体ではアムロのレベルに追いつかんだろう」
「優れたパイロットならワンランク下の機体でも充分結果を引き出せると思いますが?」
「私はそうは思わんよ。特にこういった厳しい戦況ではな。充分以上の結果を出してもらわんと困る。04-2が完成していればサザ ビーをアムロに回しても良いのだが」
ゼクスが溜め息にも似た笑みを浮かべた。
「どうした」
「貴方との付き合いも長くなるが、アムロ大尉の事となるといつもながら感心すべきか困って見せるべきか、悩むところだ」
シャアの言葉に仕方がないといった様である。
「呆れてくれて構わんよ。我ながら質の悪い性分だと承知している」
ゼクスならずとも言われ馴れてる言葉である。シャアは意に介さなかった。とはいえ自嘲の色が濃くなるのは、やはり自身の中に否定出 来ない濁りがあるからなのか。
ネオ・ジオン内部にもシャアのアムロに向ける執着に自重を求める声は多い。度を越している、彼らはそう思っているのだ。
歴史書を紐解けば古来より好敵手を持つ人物は数多い。優秀なブレーンを招くために奔走する逸話も数多く残っている。シャア自身はアムロとの関係をそれと同 等と考えている。しかし己を取り巻く環境はそうであれと望む程、遠く心情とかけ離れていくようだ。中にはアムロとの関係を変に勘ぐる者までいる。下衆な輩 と切って捨てたいが、立場上己の感情だけで動く事は許されない。
ふと気になり足を止めると後ろを振り向いた。「ゼクス、君も私がアムロに傾倒し過ぎだと思うか」
シャアより僅かに後ろを歩いていたゼクスの視線とぶつかる。一見感情の読めない瞳の色をしているが、よく観察すればそれがけして静 かな水面でない事が見て取れる。
「時に人には譲れないものがある。私にも、それはあります」
ゼクスから返ってきたのは否定でもなく肯定するでもない言葉だった。しかし彼の瞳が一瞬和らぎ懐古するように揺れたのに、彼にも思 うところがあるのだろうと感じた。
「フィン・ファンネルですが──」
再び口を開いたゼクスに現実に引き戻された。
「──あの火力は地上戦でも有益です。それを外すのは私も賛成出来ません。大気圏内での性能の低下をどこまで抑えられるか分りませ んが、技術スタッフには早急に対策を練るよう進言しておきます。もっとも大尉の事です。すでに手を考えているとは思われますが」
「お節介が過ぎるとアムロには叱られそうだな」
ゼクスが声もなく笑った。
シャアがそれでも止めないだろう事を知っているのだ。
口調も改まりゼクスがシャアの地球上での予定を読み上げはじめた。肩を並べ歩きながらそれを聞いていたシャアだったが、ブリッジに近付いたところで視界の 片隅に揺れる金糸が飛び込んできた。「‥‥‥」
あの女‥‥‥。
「大佐?」
「ん、ああ」
ゼクスの促す声に茫と答えながら、視線が我知らず女の後を追う。
「彼女がどうかしましたか?」
「いや、なんでもない‥」
人の情事、それもたかがキス。
それが、どうしたというのだ。
出立にはまだ少し間があった。
束の間の休息を夕暮れの差し込むリフレッシュルームでシャアは取っていた。「あんたは降りないのか?」
思考を中断された。顔を上げるとブリックパックを手にしたアムロが自販機を背に立っていた。その顔を夕日が眩しく照らしている。
「ああ。用は済んだのでね。君たちも無事タワーに送り届けたことだし私は先に宇宙に戻るよ」
「そうか」
「上もまだ混乱の最中だ。早急に体勢を立て直し防御を強化しなくてはならないからな」
宇宙ではシャアの不在をトレーズが補っているが、どこも敵の急襲ですでに大きな被害を被っている。特にネオ・ジオンは甚大な被害を 受け、その痛手からまだ立ち直れずにいる。総帥である自分が責務を放置するわけにはいかなかった。
「上に立つと大変だな」
「労ってくれるのかね」
「そういうのは求める相手が違うんじゃないか」
「違う、とは?」
「聞いてるぜ。派手な交友関係」
頭を巡らすとアムロの視線と合った。言葉はつれないが不機嫌な色は見られない。
「派手な交友関係か」
シャアは苦笑いを浮かべた。
「──君の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったな」
「‥‥‥‥」
「ゴシップも大衆のためのサービスのようなものでね」
視線を逸らすアムロにシャアは更に言い添えた。
「一年戦争の英雄の君なら知っているだろう?」
多くを言わずともメディアには悩まされてきた彼の事だ。それだけで充分だろう。
そういえば今日アムロとまともに顔を突き合わせたのはこれが初めてだった事を思い出す。そしてまたしばらく会えない日が続く。「アムロ。君こそどうなんだ?」
そろそろ発たねばならない。
しかし会えないと思うと立ち去り難い思いが胸に湧き、シャアの足を鈍らせる。
悟られまいと外を眺める。「俺?」
相変わらず室内は黄昏の空気に包まれている。
タワーの飛行路が太陽と同じため、永遠の夕暮れが続いているのだ。
薄暮に染まるラ−・カイラムのタワーに接近する姿があった。「ベルトーチカと言うのだろう?君らが寄り添っているのを先刻見かけたのでね。彼女に決めたのか?確かνガンダムの開発チームにい た彼女も、君に好意を寄せているように見えたのだが」
しばらくの沈黙があり、それからシャアを気にしてアムロの見動く気配があった。
「俺はまだ何も。──今はそれどころじゃないだろう」
「そうだが、恋の鞘当てというのは時と場所を選ばず常に注目の的なのだよ。特に中心にいるのがアムロ大尉だ」
「あんたも結構俗っぽいんだな」
「君に関しては何事も無関心ではいられなくてね」
「‥‥‥‥」
わざと彼の嫌う言葉を選ぶ。
たわいの無い話と思わせ、そして彼の反応から己に対する関心を窺い知ろうと画策する。
実際は薄氷の上を歩く、チリチリと神経が焼け焦げる嫌な気分だ。氷の下は言うなれば己の感情。意識しているのを認めたくないと思いながら、その実自ら巣の 中へ踏み込もうとしている。
本当は言ってやれば良いのだろう。遠回しになどせず、あの時ベルトーチカの一方的ともとれるキスを、君は拒む素振りを見せなかった、と。
だがそれを言ってどうする。嫉妬の出所を探り当てれば戻れないのは己の方なのだ。「──これはゼクスと私の意見だが」
振り向く。
不自然にならない程度に明るく振る舞う。「女性二人の気持ちを知っているなら、あまりやきもきさせておくと言うのもいただけんな。もちろんこの状態をしばらく楽しみたいと いうなら別だがね」
「あんたといい、ゼクスといい真面目な話をしてるかと思えば、そんなくだらない会話をしているわけか」
呆れた、というようにアムロが肩を竦めた。
どいつもこいつも‥‥。
そんな風にアムロがぼやくのに唇で薄く笑う。
彼がまだ本気でない事にただ安堵した。「私はこれで失礼するよ。そろそろゼクスも待ちくたびれてるだろうからな」
「あ?ああ」
「上で、また会おう」
アムロの横を通り過ぎざまその肩に手を置いた。
シャアの態度に訝しく思ったのか、怪訝な視線を寄越すアムロにシャアは曖昧な笑みを返した。
彼が何か言いたげに見えるのは、己の身勝手な妄想だろう。「シャア‥」
答えず、温もりを惜しみながら心に蓋をした。
「私は何をやっているのだろうな」キス一つで心乱されて。
何においても彼の一番でありたいという思いが己の根底にあるのは自覚していたが、あの程度の事ですら、アムロの意識が己より上の存在を作り、そちらへ向か おうとするのが許せないというのか。
理性がそれを押しとどめているが、感情というものは油断がならない。自尊心から生まれる嫉妬とも違う、矜持とも違う、しかし己がこれも嫉妬と名付けた感情 に、ともすれば引きずられそうになる。いつ暴発するとも限らない。それを考えればこの別行動は頭を冷やすのによい時間をシャアに与えてくれるだろう。異質の嵐が己の中で荒れている。
女といたのが許せないのか。
あの女が許せないのか。
あの程度の女で満足している、アムロが許せないのか。
自分ばかりが満たされないのが許せないのか。
ララァを失った時のように、奪われると恐れているのか。
戦いを離れたところでさえ嫉妬という感情を浮かび上がらせるこの心は、己を一体どこへ向かわせようというのか。
今は<ブルー・スウェア>の一員として共闘の関係でいるが、この戦いが終われば敵味方として袂を分かつ時が来る。ここで築き上げられるものは所詮砂上のも のなのだ。
──最も近しい名前は、認めてはならない。
この感情は。
それでも‥‥‥。
「───、私は実はとても臆病なのだよ」
誰かに聞いて欲しいと思った。
= テンペスト = 「Gで赤が白を色恋方面で意識したきっかけみたいな話」 リクエスト3番:匿名A 様 ◇ ◇ ◇ どこのシャアに意識してもらおうかと考えた結果、スパロボDの総帥に。
αに続いてDネタ本格的に始動といったところでしょうか(本気か!?)。
しかし、選んだシャアがまずかった、のか。
思わぬ苦戦を強いられ、書けば書く程かけ離れた話に。
いっそのことストイックに苦悩するシャアにしようかとシリアス目指したのですが、
なにか違うし‥‥(泣)。
ちなみに作中に出てきた04-2とはサザビーの後継機ナイチンゲールの型式です。