僕たちのそれから





待ち合わせの時間に遅れた僕は、時間を取り戻そうと不馴れな街の大通りを走っていた。
平日だというのに人が多くて先を急ぎたい僕は苛々とする。
週末だから仕方がないのかな。
頭上では僕の焦りなど知ったことかと夜の影。
さっきまで夕日に赤く染まっていた山も雲も、今はその大半が夜の群青に溶けていた。

(‥‥ハロウィン、終わったばかりなのに)

少し前まで街はやたらとオレンジ色が煩くて、ちょっと無気味な顔ぶれが通りのあちこちに見れたんだ。それが月が変わって半月もしないうちに クリスマスカラーに侵食されはじめている。この国の事情は知らないけど、ちょっと早いんじゃないかと思ってしまう。街一番気の早いサンタがショーウィンド ウから僕のいる通りに向かって笑顔を振りまいていた。
なにがそんなに嬉しいんだろう。その顔を目にしたらひとり焦っている自分が馬鹿らしくなってきた。
どうせもう遅刻してるんだし、なんて。
随分前から息切れしていた僕の足は、大通りを抜けたところでとうとう走ることを止めてしまった。
耳の奥で鳴る警鐘に一応耳を傾けながら街路樹に囲まれた遊歩道にゆっくり踏み出すと、歩く度にカサカサと音が鳴る。
掃いても掃いても頭上から落ちてくる、たくさんの葉のせいだ。それが石畳の上に降り積もって絨毯を作っている。顔を上げるとひと足先に裸になった細い枝が 白熱灯の明かりの中に白く浮いている。すぐそこに冬が来ている証拠だ。
冬のイメージと言ったら白。小さい頃の、地球に住んでいた記憶に寒さはない。
だから空の色の深さとか吐く息の白さとか、纏わりつく空気の質感とか、それが冷たいといった現象のひとつひとつに僕は驚き、新鮮な眼差しを向けた。

「‥さむっ」

裸木の白さに寒さを思い出して僕は身震いした。思い出したのは寒さだけじゃない。待たせている相手が誰で、任務中ならそれがどんなに恐いこ とか。呑気にしている場合じゃないってことも‥‥。

「‥‥‥」

目の前をのんびり歩くカップルを、僕は慌てて追い抜いた。




「───だって街に出るのは久し振りで欲しい本とかいろいろあったんだよ」

「それは聞いた。だから一緒に行こうと誘った私より先に君は基地を出たのだろう?」

「‥‥そうだけど」

シャアの瞳が常夜灯の明かりに反射して猫の目のような光を放った。光の色は鋭利で、待ち合わせ場所に現れない僕を心配して途中まで探しに引 き返して‥‥ってことはなさそうだ。

「おかげで私は寒空の下を散々待たされたうえに博物館を閉め出され、公園で待たされた挙げ句、ついには公園も追い出されてしまったわけだ」

「‥‥‥‥」

ムッとする僕にムッとした顔のシャアが更に言葉で追い討ちを掛ける。顎を上げて僕を見下すシャアはまるでこれが訓練で、落第点を貰った僕に 嫌みを言うためにここにいるようだ。
確かに遅れた僕が悪いんだけど、そんな言い方しなくたって。
シャアの言葉は容赦がない。いつだってそう。人がいないからいいけど道端でお小言なんて、ホント格好悪いよっ。
 ‥‥僕が悪いんだけど。
公園内の博物館を待ち合わせ場所に指定したのは僕だ。
地球暦時代の珍しい複葉機が巡回展示されていると聞いて、少し早めに基地を出れば閉館ぎりぎり見れるかな、と思って。
そういえばシャアは今日の朝方地球に降りたとか言っていたっけ。基地に着いたのは昼過ぎでそれから業務をこなして‥‥‥‥。

「‥‥・ぅ。‥‥‥‥ごめんなさい

沈黙。
シャアの突き刺さる視線の前に、僕は顔を上げられないまま立ち往生するしかなかった。
ため息と、しばらくして苦笑が耳に届いた。

「そうやって、最初から素直なら可愛げもあるんだがな」

「‥‥可愛げってなんだよ」

言葉はすごく引っ掛かる。でもどうやら僕は許されたらしかった。

「急ぐぞ。週末だからな、どこもいっぱいだったらアムロの責任だぞ」

「だから悪かったってば。待ってよっ」

ひと足先に歩き出したシャアの後を慌てて追うとその隣に並ぶ。
ちらりと寄越されるシャアの視線は僕が隣に並ぶ事を認めてくれている。そう思うとシャアの車に辿り着くまでの僅かな距離だけど、僕の気持ちは嬉しさに踊っ た。











「昨日さ、誕生日だったんだ」

咄嗟に口走っていた。
もちろんすぐに気恥ずかしさに襲われ僕は後悔した。だってまるで女の子が甘えるみたいじゃないか。

「水臭いな。言ってくれたらプレゼントのひとつでも用意したものを」

「いいよべつに。ひとつ年を取るだけのことじゃないか。たまたま思い出しただけだからさ」

去年だって何もしなかった。それは僕もシャアも別々の場所にいて、話も会うことも出来なかったからなんだけど。
宿舎ではゆっくり話も出来ないからと(士官と一般兵だもんな)シャアが取ったホテルの一室に僕らはいた。豪華な応接セットがあるにも関わらず狭さを感じさ せない広い部屋だ。ベッドルームも二つ、シャアと僕の分がある。そんなリッチな部屋のどこに僕がいたかというと、絨毯の上。クッションを抱えて床にぺたり と座っていた。僕に合わせてシャアも隣に腰を下ろしている。

「去年は去年だろう。これでも君の成長を楽しみにしているんだ。あまり楽しみを奪わないでくれないか」

「じゃあクリスマスプレゼントを二倍にしてもらおうかな。シャアのモビルスーツみたいなのが貰えたら最高だよね。それがだめならシャアのモ ビルスーツいじらせてよ」

「それはノリ過ぎだ」

「楽しみを奪うなって言うから絶対ハズレ無しの提案しただけだろ」

頭を軽く小突かれた。
シャアはアルコール、そして僕はジュースを飲みながらのたわいのない会話。
まるでサイド7のあの頃のようだ。そんなことをぼんやりと考える。

「誕生日っていえばシャアはいつなんだよ」

「私か。そういえば言ってなかったかな」

「聞いた覚えないよ」

「そうか。まあ、誕生日なんてものには縁のない生活を送っていたからな」

「それでいつなんだよ」

「今月だ。実はアムロと同じでね」

「え、11月?」

へえ〜同じなんだ。
僕はつまみのチョコボンボンを口に入れた。

「『へえ〜』て、アムロ。たったそれだけなのか」

「それだけって?」

「『高い物は無理だけど・・・』くらいは聞こえてきても良いと思うんだが」

「僕の財布事情は僕より詳しいくせに。大人なんだから未成年にたからないでよ」

「アムロ、それは冷たすぎやしないか」

大袈裟に悲しがるシャアに僕は思わず吹き出した。
ひとしきり続いた僕の笑いがおさまった頃、空になったグラスにシャアはジュースを注いでくれた。『そのうちこれがアルコールになるわけだ』そう呟きなが ら。
膝を抱えながらそんなシャアを僕は見つめた。

 ─── シャアと一緒に行く

それがどういうことか、考えなかったわけじゃない。僕なりに考えて出した答えだ。
けれど現実は厳しくて、僕は自分の力の無さを思い知らされるばかりだ。
そんな時、途方にくれてどうしようもなく辛い時、そばにシャアがいてくれたらと思う。
でもこんな風に過ごせるのは滅多になくて、こんな時間が現実にはどれだけ難しくて貴重なことなのか、僕はシャアの生きる世界に足を踏み入れて初めて知っ た。それにマスクで顔を隠したシャアは近くて遠い存在。
『目が離せない』そう言ったのはシャアなのに。
女の子じゃないから泣いたりはしないけど、本当は僕は‥‥‥‥だから、少しシャアを恨んでいた。
言いたいのに言い出せない言葉がある。
『ずるいよ』のひと言。
一年以上も前のやり取りを引きずっているなんて女々しいと思われそうで、言葉はいつも喉の奥に引っ掛かている。

 ─── 父さんは、僕を探しただろうか

僕がコロニーを離れて間もなく、サイド7にはジオンの侵攻があったらしい。
その頃僕の側にシャアの姿はなかったから、たぶん『そういうこと』なんだろう。
手紙はいちおう残してきたんだ。
知ったからと言って、許してはくれてないと思うけど。
母さんには話しただろうか‥‥‥。
 ‥‥‥それどころじゃなかったかな。

「──シャアはさ、後悔してない?僕を連れてきたこと」

シャアの瞳に今さらというような色が浮かんだ。

「後悔するようなら連れ出す真似はしないさ」

「そうかもしれないけど‥‥」

シャア‥嘘つきだから。
ふとそんな言葉が浮かぶ。

「アムロは後悔しているのか?」

首を振った。

「そうか」

それは本当の事だから僕は頷いた。けれど様子を窺うシャアの視線が強すぎて、顔を背ける。
シャアの指が伸びてきて、クシャリと髪に触れた。
慰めるようなその仕草に騙されるものかと思うのに、懐柔されていく僕は、まだ子供なのかもしれない。









その後の僕らがどうなったかというと、フロントで借りてきたトランプでゲームの熱戦が続いた。
絶対負けるものかと僕はあらゆる気力を総動員したけれど、そこはシャア。容赦がない。楽しいレクリエーションのはずが、僕らのゲームは仁義なき戦いの場と 化していた。
力尽きて倒れたのは明け方ちかく。
カードの散乱するベッドに二人一緒に崩れるようにして倒れこむと、そのまま深い眠りについてしまった。
それからの記憶は僕にはない。
僕を眠りから覚ましたのは、ベッドルームまで流れこんでくる食欲をそそる匂い。
寝不足でボケボケの頭と、打ち負かされたダメージの抜けきらないフラフラの足取りで見晴しの良いベランダに踏み出た僕は、そこに珈琲と香ばしい香りの焼き 立てパンを見つけた。側に置かれた小箱はなんだろうと開くとケーキだ。しばらく考えて誕生祝いのケーキらしいと気付く。
笑い声が背後から聞こえた。

「匂いにつられて起きてきたか」

「シャア」

僕は口を開きかけて止めた。反論しようにも図星じゃ反論しようもない。それにシャアが持っているトレイからも良い匂いがして僕の食欲を否応 なくそそる。

「寒ければ中に移すが」

「いいよ、天気良いし」

少し肌寒いけれど高く昇った太陽の日射しは結構きつい。空は見つめていると吸い込まれそうなほどに青い。
不安も挫折も嫉妬も何もかも、ゆっくりと流れていく秋の雲と一緒に彼方へと退いていく。
遅い朝の挨拶をどちらともなく交わした。僕らは笑っている。



僕らは親子ではないし、兄弟でもない。
かといって友人ではないし、もちろん仲間でもない。
そして恋人といえるものでもなくて。
いずれ変わるのか、変わらないか。今の僕にはわからない。
ただ僕もシャアもサイド7の、人生の中では一瞬でしかないあの出来事を、
捨てたいとは思っていないのは確かなんだ。
明るい世界で見るシャアの瞳は強いけれどあの時と同じ優しい色で
僕はそう確信する。
なによりも今、僕を抱きしめてくれているこの腕が証拠。
こんな幸せがこれからも続いてくれたら嬉しい。
空腹を耐えながら、僕は小さな幸福を抱きしめた。









- 僕たちのそれから -

「Tiny Moon の続き(直後でも数年後でも)話」
リクエスト7番:とも 様

◇ ◇ ◇

書きはじめた頃は思いっきり季節外れ!だったのが、
直し続けていたらいつの間にか時事ネタとなっていました。
「Tiny Moon」を卵とすると、
ラストでようやく殻を割ってこっちの世界に出てきことになります。
なので少年アムロはまだ雛です。
一人前には程遠く、シャアの世界といえば、
そりゃきな臭い世界ですからこれから先も紆余曲折ありそうです。
そんなだからシャアもさすがに今は手は出せないでしょう。
う〜〜ん、いろんな意味で夢を求めていた方ごめんなさい・・・なのかなぁ。
とも 様、すっかり遅くなりましたがリクエストありがとうございました。