「はじめまして。ベルトーチカ・イルマです。アムロの伝言を伝えに参りましたの」

ブロンドの女は微笑んだ。
そして笑みが深くなったその直後、彼女の背後の壁が爆風で微塵となった。





めぐり逢えたら きっと、その時 - 1 -




小刻みの振動が先刻から続いている。
時折大きな揺れが襲うのは気流の変化によるものか。しかし空の旅は概ね順調のようだ。
それが太陽光によるものなのか、それとも雲のせいなのかシャアの座る位置からは判断出来なかったが、ハッチ上部の丸窓から差し込む光は強烈に眩しい。荷の 積み上げられた薄暗い貨物室となれば光の眩しさは尚更の事だ。
操縦室のドアが開き、ベルトーチカが姿を現した。

「ミス.イルマ」

「ベルトーチカで結構ですわ大佐」

「ではベルトーチカ。いい加減私を解放してくれないかな。そしてアムロには辞退すると、君から伝えてくれたまえ」

「その件については私に言われても困ります。命令に従っているだけですから」

「アムロかね、命令というのは。ずいぶんと彼も偉くなったらしいな」

「大佐にそんなこと言う資格がありまして?敗残の将を気取って世界の混迷に背を向けているあなたに」

シャアの言い方が気に入らなかったのだろう。ベルトーチカの言葉の端に侮蔑に近い匂いを嗅いだ。

「その敗残の将が女性を人質に収容所を脱出。えらい汚名を着せられたものだ」

「非礼はお詫びします。ですがああでもしないとあなたは来て下さらなかったでしょう」

爆風によって飛び散る破片で頬に傷を負った。痛みはとうに消えたが傷は当分癒えまい。
また後ろ手に縛られた腕も窮屈を訴えていた。恨みを込めて縛りましたと明かしているようなものだ。

(来て下さらなかった、か)

慇懃無礼とはこのことだろう。
目的地に着いた時何が待ち受けているのか。
考えるとついため息が洩れた。






この『脱出』はシャアの本意ではない。
連邦に捕えられ、秘密裏に辺境のアレグ捕虜収容所に送られてからはや数年が経過していた。
最初のうちこそ窮屈さを感じもしたが、人間慣れてしまうものである。偽名を与えられ『シャア・アズナブル』から解放されたことも慣れに拍車をかけたのだろ う。
鼻薬を利かせたせいもあるが他の捕虜と比べると比較的拘束は自由であり待遇も良い。退屈さえ我慢出来ればむしろ快適と言えなくもない日々だった。ただし恩 赦で郷里へ戻れる一般兵のような解放は望むべくもなかったが。
もっとも当初の目的であったサビ家打倒が達成された今、根根仕草のように地盤を持たないシャアに帰れる場所というものはなく、ここを脱したところでただき な臭い世界が口を明けて待っているだけである。ならばもうしばらく身を潜め、世情を見極め力を貯えておきたいと思っていたのだ。
それが・・・。
面会室の強固な壁が爆破されたのだと理解したのは頬に焼け付く痛みを感じてからだ。
瓦礫の山からもうもうと立ち上る塵と埃に視界を奪われたシャアの手を引く者がいた。同時に空いた手に冷たく硬質な物が押し付けられた。押し付けられたそれ が銃であり、手を引くのが面会に来たあの女だと冷静な判断を下す頃には駆け付けた兵らによって2人は囲まれていた。
再び身近で起こる爆発。混乱を増長するかのようにその場の空気を切り裂く女の悲鳴。
こともあろうにシャアが犯人よろしく、目の前の女が騒ぎ出したのを機として、展開は怒濤のものとなった。
───そして、今に至る。

「これもアムロの入れ知恵かね」

「どう思って下さっても構いませんわ」

この輸送機に乗っているののはベルトーチカと名乗った女とシャアの隣に始終無言で座っている20にも達していないだろう少年だ。どちらも軍 人ではない。いわゆる民間協力者なのだろう、反地球連邦組織『カラバ』への。アムロは数年前からその組織で活動をしていると聞いている。
アムロに協力する気はさらさらないが、かといって収容所に愛着があるわけもない。
しかし相手が生粋の軍人であれば良心の呵責なくこちらもなんらかの手段に出れるのだが、相手が女と子供では行動も鈍るというもの。結果、もうしばらく様子 を見よう、そんな気にもなるのだ。
シャアは銃口をこちらに向けたまま身動きしない少年に視線を向けた。
『貴方に選択の余地はありませんから。妙な真似したら撃ちますよ』
合った視線はそう言っていた。

「窮屈でしょうけどもうしばらく我慢して下さい。揺れますから無駄なお喋りは控えて下さい。カツ君目を離さないでね」

「言われなくてもわかってますよ」

カツの言葉に一瞬むっとした表情を浮かべ、ベルトーチカは操縦室に消えていった。
機内の薄暗さが増した。唯一の光源だった窓が陰っている。

「・・・雲に入ったか」

しばらくは何ごともなく航行は続いていた。
が、一瞬眩しい光が機内を明るく映し出したかと思うと、空気を震わす音と共に気流とは明らかに違う激しい揺れが輸送機を襲った。積み荷のいくつかが床に崩 れ落ちた。
再び閃光が走った。波に浚われる小舟のように輸送機が傾いた。
カツが腰を浮かせた。

「──どうやら君たちは母艦まで案内させられたようだな」

乱暴に操縦室のドアが開きベルトーチカが上半身を覗かせた。

「ティターンズのモビルアーマーに捕まったわっ」

「くそっ、アウドムラまであと少しなのにっ」

「通信が入って向こうも攻撃を受けてるそうよ。へたすれば巻き添えで──」

また強い衝撃が輸送機を襲った。傾き出した機体の中でシャアはかろうじて踏みとどまったが、バランスを崩したカツは床に転がり積み荷にぶつ かった。握っていた銃が手から離れ、カラカラと乾いた音をたてて床を滑っていく。ドアにしがみついたベルトーチカが短く悲鳴を上げた。
そのタイミングを見逃すシャアではなかった。密かに緩めていた縄の拘束を解き、緊急脱出用のパラシュートを座席の下から掴み出す。それを手早く身に着けな がらあらかじめ確認していた後部ハッチ開閉の手動スイッチを押した。ゆっくりと空への脱出口が口を開いていく。

「待っっ!」

「悪いな。私はまだ誰にも利用されたくないのだよ」

カツの手が伸びた。が、シャアが床を蹴るのが早かった。開きつつある隙間に身を滑らすと、風圧の力によってシャアの身体は大気の中に放り出 された。












輸送機の少し手前に数機のモビルアーマーに囲まれた超大型輸送機の姿が見えた。あれがアウドムラにちがいない。応戦はしているようだが小回りの利くモビル アーマーが相手では圧倒的に不利だった。
連邦ではなくティターンズが追ってきたとなると穏便に事が済むわけがない。輸送機からは脱出したものの己の事などとうに発見されているはずだ。激しい応戦 に展開が進む中、身を守るものが何一つないというのはなんとも心もとない。

(ティターンズか)

ティターンズは連邦から新たに発足された組織だが最近はそこに亀裂が生じていると聞いている。だとすれば、連邦の要請を受けての出撃か否か で自分への接触も変わってくるに違いない。そうこうしている間にも、シャアを見つけたらしいモビルアーマーが一機近付いてきた。

(そうは簡単に逃がしてもらえないか)

国際条約があろうがなかろうが戦闘区域での人命など塵のように軽いものだ。緊張が身体を走る。
その時飛行形態を解いたモビルスーツの背後にもう一機の輝く機影を認めた。
シャアがハッと瞳を凝らすその間にも機影はモビルスーツに近付き、至近距離で頭部が破壊された。

「!!」

破片がばらばらと飛び散り、その一つが間近にいたシャアのパラシュートを無惨にも切り裂いた。

「クッ‥」

バランスを欠いたパラシュートはたちまち大きさを縮め浮力も失っていく。シャアの身体は風に翻弄される木の葉のように翻弄されながら、落下 速度を上げはじめた。懸命にバランスをとろうとするが戦闘の余波の風がシャアの努力をことごとく水の泡へと返していく。
高度はまだ高いというのにいよいよ浮力は失速し、落下速度が増していく。風が体温をさらっていく。
眼下に巨大な手の平が現れた。
すぐにそれがモビルアーマーの頭部を破壊した例のモビルスーツだと確信した。
身を守るように身体を丸めその手中に転がり込んだが、激しい衝突のショックが身体を襲いシャアの口から思わず苦痛の声が洩れた。
荒い息を吐きながらしばらくシャアは身動かなかった。

「さすがに・・・体力は衰えたか」

捕虜暮らしによる弊害に今さら苦笑が湧き洩れた。それからしばらくして落ち着きを取り戻したシャアはゆっくりと上体を起こした。
戦闘は終わったのか、聞こえるのは風とこのモビルスーツの駆動音だけである。
日射しがモビルスーツに反射して目に痛い。何にもましてモビルスーツの金色の装甲の輝きが眩しかった。その黄金の鮮やかな輝きに視界は眩むばかりだ。
しかし、シャアの感覚が彼に告げるのはここにいるのはまぎれもない『彼』だということ。

「お前は‥‥」

横殴りに吹きつける激しい風とモビルスーツの駆動音が一瞬にして消えた。
コクピットのハッチが開いた。

「‥‥‥‥‥アムロ・レイ」

現れた人の影がやがて輪郭を持った。





「‥‥‥にしては老けているような──??」






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