days






ロンド・ベルから離れた2人はひたすら南下を続けていた。あてはなかった。
その途中でかつて牧草地だったらしい草原にぶつかり、軽い食事を兼ねて休息をとった。
注がれる陽射しはどこまでも柔らかい。
人も草も横たわる大地も等しく太陽の恩恵を受けていた。
ゆるやかに起伏を続ける大地で水気を失った草は黄金色に照り返し、風に揺られてさざ波を立てていた。
少し顔をあげればその先には草原と交わる青い空。
真綿のように白い千切れ雲がその広い空を端から端へと流れていく。それはまるでゆったりとした足取りの羊の群れ。
ここから見る白い雲からのぞく空は、天頂に近くなるほど宇宙の暗さの片鱗を覗かせていた。それは恐い程の深い青である。
草と風のさざめきに耳を傾けていると、今までの生活は長い夢のような気さえしてくる。
際限なく続く戦いは人の心を疲弊させ、地球の環境そのものも脅かしている。こんな青い空がまだ残っているという事実が驚きだった。
どこかで雲雀が鳴いていた。

確か車に積んであるクーラーボックスの中に、ワインと一緒にミネラルウォーターがあったな。

喉の乾きを覚えたアムロはけだるい身体を起した。
シャツを羽織ろうとして身体の下に敷いていたそれが、もう役割を果たさない事に気付く。役に立たないのならいらないとでもいうように、アムロはそれで身体 についた汚れを拭き取り、くしゃくしゃに丸めた。それから乱れた髪を手ぐしで整え、ゆっくりと立ち上がった。
むき出しの肌に当たる陽射しがなんとも暖かい。素足に伸びた草の先端がくすぐったかった。
足早に車まで辿り着きたいところだが、身体の方がなかなか言う事を聞いてくれない。

(まったく・・・・)

文句の一つも言いたいアムロだった。
だが今の状態の自分ではあまりにも歩が悪い。反撃に合ってかえって追い詰められそうだ。







『これで私は自由というものを失った』



そう零したシャアの表情はいつになく苦し気だった。
非常時でも表情を崩すことの少ない彼にとって、今回のダカール演説はそれだけ気の進まない作業だったのだろう。
アムロとて出来ればこんな形でシャアを大衆の目に晒したくはなかった。しかし自分がその役についたところで役不足なのは分かっていた。悔しいが時は自分で はなくシャアを要求していたのだ。その分自分は出来る範囲で彼をサポートしようと思っていた。

(だからといって‥‥‥)

そんな思いがアムロを過る。

「この責任は取ってもらうぞアムロ」

2人だけの時だった。ダカールでの演説もひとまず終わりひとつの大きな山を終えた、そう安堵していたアムロはシャアの非難がましい言葉に憮 然とした。

「俺ひとりのせいじゃないだろ」

「だが君も加担した」

それも率先して。

「それは・・・」

あんただって承知で・・・・そう言おうとして言葉を飲み込む。

「私を人身御供というのならそれも良い。そのかわり君にも付き合ってもらおうか」

「付き合うって、あんたね」

「アムロ。君は私といるんだ」

「俺の意思はそこにはないのか?」

「ふん、そんなもの」

シャアの有無を言わせぬ強気な言葉にアムロは肩をすくめるしかなかった。
八つ当たりもいいところだ。しかし荒れている彼に何を言ったところで無理だろう。捌け口が自分しかないのなら、ほとぼりが冷めるまで付き合うしかない。
11月の事であり、季節でいうなら秋も深まる時。
地球の北半球なら冬の足音が聞こえ始める頃だった。

素性を明かしてしまったシャアは、この先どうするのだろう。

アムロは見えない未来に思いを馳せた。
運命はなんて不公平なのだ。
一時期そう思っていた事があった。その思いは今も忘れた頃にやって来ては、アムロの胸をちくりと刺した。
大なり小なり人にはそれぞれ逃れられないものがあるという。
シャアのそれが彼の運命だとして、ニュータイプとして意に添わぬ生を続ける事が自分の運命だとしたら───。
運命の不公平というものを、シャアも一度は考えた事があるのだろうか。








10メートル程先に止めてある車に向かって歩くアムロ。そのアムロの身体をシャアはなめるように見つめた。
放置され、草の伸び放題になっている牧草地。その一角に陽射しに照らされてアムロの裸体が白く浮かぶ。
ところどころ散る赤い花は、今しがた自分がつけたものだ。近付けば今日のものでない花も咲いている。
シャアは乱れた髪を掻き揚げた。
ふっ・・・。
口元が弛んだ。
白日の下でアムロを抱くのはひどく刺激的だった。

「アムロ。頼むから私以外に男でも女でもそんな姿を見せてくれるなよ」

アムロの背にさほど大きくない声で呼び掛けると、遠目からでもうっすらと首元が赤く染まったのが見て取れた。

「あんたは何を言ってるんだ!」

そう言って振り向いた彼の顔はそれ以上に赤い。

「そんな恰好で歩く君が悪い」

シャアにジロジロ見られる事にいたたまれなくなったのだろう。アムロは急ぎ足で車の反対側に回り込むと、ジープ後部に積んである荷物を漁り だした。派手な音を立てて漁るその様は、自棄を起しているようにかなり乱暴だ。

(MSの扱いとはえらい違いだな・・・・)

青と白の軍服に身を包み、愛機の側に佇むアムロ。そんな姿が脳裏に浮かぶ。
シャア以外の誰が今のこんなアムロを知るだろう。
愉悦とも優越感ともとれる思いが胸を浸す。
当のアムロはどうやら目的の物を見つけたらしい。汚れたシャツの代わりの新しいシャツだけを羽織り居心地悪気に、それでもシャアの傍らに戻ってきた。その 様子は育ちの良い飼い犬が悪戯をした後、怒られやしないかと主人の機嫌を伺う様をどこか思わせた。もっとも実際のアムロの性格は従順な犬とはかなり違うの だが。
行動を共にするようになって様々なことがアムロについてもわかってきた。
出会う前から抱いていたイメージそののままの部分もあれば、予想と違う部分も多々にある。たとばこんな時、先程の行為の最中といい今といい、彼は意外と大 胆だ。かと思えば突然それに見合うだけの繊細さとデリカシーを見せもする。その切り替わる際に見せるアンバランスさが、秘かにシャアの微笑みを誘う。

「いつになく大胆じゃないか」

「あんた相手に今さらだからな」

アムロが持ってきたのは小ぶりの缶ビールだった。2つのうちのひとつを無造作にシャアに差し出す。ぶっきらぼうな口調は照れている証拠だ。 シャアは喉の奥で笑った。

「なんだよ」

「いや、良い眺めだったのでね」

目を細めるシャアにアムロが息を飲んだ。
これでとうとう臍を曲げてしまったか───。
アムロの様子にシャアはそう思った。だが言わずにはいられなかった。
合意の上での関係とはいえ、実のところアムロがこんな場所で抵抗もせず応えてくれるとはシャアも思っていなかったのだ。
その事実に心と共に口が軽くなってしまうのも仕方のないことである。
しかし見渡す限りの草の海原と等しい空があればそれもさもあらん。
ここにいるのはシャアとアムロだけで、目の届く範囲にもその先にすら人はいないのだ。
全てにおいて、人目を気にせずいられる。
その開放感から知らず知らずアムロも大胆になったのだろう。そして仕掛けたシャアにしても、そんな事をしたのは春を待つ人のように心浮かれていたからに違 いないのだ。

「?」

シャアは並んで座るアムロにそっと身体を寄せた。訝し気に顔を向ける彼を下に、覆い被さるようにして大地に伏していくと、それに応えて腕の 中でアムロはゆっくりと倒れていった。
口付けはひんやりと冷たく、ほんのりとホップの香りがした。

「やめろよ」

その割にはアムロからの抵抗はない。

「人目が気になるか?」

うなじに唇を寄せる。

「人なんていないだろ。何キロも見なかった」

「そうとは限らない」

耳元で低く囁く。

「軍事衛星あたりなら地上の蟻すら捉える事は君も知っているだろう。知らないうちに空のレンズ越しに、私と君のこの姿を覗かれている可能性 だってある。なにしろ私達はどちらも有名人だ。そう、私を受け入れている時の君の顔も、見られたかもしれない」

ミノフスキー粒子が発見され、戦争形態も変わった近代戦において、衛星利用は著しく低下している。大気の汚染も加わって、偵察衛星も精密さ も失った今ではあまり役にはたつまい。ましてやこんな何もない場所など。
それを見越してのわざとらしい言葉だったが、明らかにアムロは羞恥を誘われたようだった。身体には鮮やかな朱が浮かび上がっていた。

「嫌な事を言う奴だな。監視はもう懲り懲りだよ。それから見せ物になるのもな」

シャアは顔をあげると、ぷいと逸らしたアムロの瞳を覗き込んだ。
間近で見る彼の瞳はシャアの影になり、今は限り無く黒に近い青に煌めいていた。陽の下で覗けばそれはきっと琥珀色に輝くだろう。その不可思議な色をたたえ る瞳は言葉ほどは憂いていない。

「ではやめるか。君の意見を尊重して」

「やめられるのか、あんたは」

アムロの瞳が挑むようにシャアを見つめる。シャアは応えるかわりにキスを落とした。

「知っているか?君はストイックというのがもっぱらの噂だ」

それで?というように視線が先を促す。

「そんな君を独占出来る私は幸せ者だ。誰にも今の君を見せたくないな」

「・・・・・」

「何も言わないのか?」

「・・・呆れてなにも言えない」

シャアは軽く笑うと身体を起した。
シャアの影から太陽が現れ、空の眩しさに思わずアムロは顔の上に手をかざした。

「ここではもうしないさ。君も次はベットの上が良いだろう?」

アムロの顔がよりいっそう赤く染まった。
シャツだけ纏ったアムロとちがってシャアの衣服はさほど乱れておらず、アムロが明るさに慣れて身体を起す頃には、彼はすでに身支度を整えていた。
これではまるでアムロだけがその気になっていたようだ。
身体の中に宿る欲を見透かされたようで、慌てて視線をシャアから外す。
そんなアムロの目の前にシャアの手が差し伸べられた。彼の体躯に見合った大きな手だ。
見上げると、男臭い笑みを浮かべるシャアと目が合った。

「・・・・」

アムロはその手を取ると一見立ち上がるように見せかけ、その実この食えない男を大地に跪かせてやろうと、思いっきり握った腕を引っ張った。
しかし────。

「!!」

彼は彼でアムロのそんな思惑は予測済みだったらしい。逆に強く引っ張り上げられた上、アムロはその勢いのままシャアの腕の中にすぽりと納 まってしまった。

「私を引っ掛けようなんて10年は早い」

「シャア!!」

怒り心頭で今にも殴り掛かりそうなアムロに、声高に笑いの声を上げながらシャアは素早く身を離した。そして逃げる素振りを見せる。アムロは といえばまさか裸のまま追いかけるわけにもいかず、睨みながらむっつりと黙り込んだ。やがて諦めたように大きくひと呼吸すると、彼から背を向け下着とズボ ンを身につけはじめる。恥ずかしさとシャアにしてやられた事で、無防備を晒すこんな様ですら、今は悔しくてたまらない。
そして身支度が整う頃には、アムロはすっかり怒るタイミングを失ってしまった。
アムロの視線の先では、シャアが緩やかな地平線を見つめていた。
空と大地が溶け合う様は、コロニーではけして見る事が出来ないものだ。
それだけ地球は大きい。
だがしかし、宇宙からかえり見るその姿は、手の平にすくえるほどあまりにも脆弱だ。

シャアの青い瞳には何が浮かんでいるのか──。

その瞳の底を覗くには、アムロの位置は遠すぎた。
陽とそよぐ風の中に、シャアの明るい髪がさわさわと揺れていた。

「訳の分からない男だな、あなたも。ついて行けないよ」

いい歳をした男が何をはしゃいでるんだ。
そう呟きながら、アムロはシャアの隣に並んだ。そして同じく彼の見る果てを見つめた。

「アムロ」

先ほどとうって変わったシャアの落ち着いた声にアムロも静かに耳を傾けた。

「私は簡単な男だよ。そして弱くもある」

言葉は穏やかで、シャアは静かな笑みを浮かべていた。ちらりと見上げたその顔は、雲を透かして降り注ぐ、淡い金色の陽射しのようだった。






ダカールでの演説の後、戦況がゆるやかな時を見計らい、シャアとアムロは(アムロは引きずられるようにして)休暇をとった。
ジープを借り、道すがら食料と地図を買い込み車をとばした。
あてはなかったが、少しでも暖かい南が良いと2人の意見は一致した。






「ところでアムロ。君は料理の心得があるのか」

「まあね。意外かい?」

「コーヒー1杯で食事を済ませてしまう君を知っているからな」

「人の事は言えないだろ。居留地にいた頃は気分転換にやったものさ。男の料理ってやつだけど、味は保証する」

手際もいいぜ、そうアムロはつけ加えた。

「期待させてもらうよ」

「ああ、期待してくれ」

それから2人は無言だった。
アムロは開いた窓に肘をつき、流れる景色をぼんやりと見つめた。
窓から入る風は緑と土、そして太陽の匂いを孕んでいた。風に冷たさを感じるのは、陽が傾きはじめる時刻だからだろう。今夜のねぐらはまだ決まっていない。
ちらりと傍らの男を見る。
サングラスをかけるその男はクワトロ・バジーナだ。
本人の意思がそこに有る無しに関わらず、その取り澄ました様はアムロにさえ時折近付 きがたいものを感じさせる。
それでもこの男に近いのは自分だという自負がアムロにはある。そしてそれを外した時現れる姿こそ、自分が一番よく知る男。とはいえ、いったいこの男のどれ だけの事実を自分は知っているのだろう。

「・・・・・・」

目的地に辿り着く前からこれでは先が思いやられるな。
風が当たるよう顔だけは窓に向け、先程のやり取りにぼんやりとそんな事を考えながら、アムロはシートに深く身を預けた。身体のけだるさは今も消えない。中 途半端に愛された身体は熱いほてりを体内に抱え込み、今も出口を求めている。
シャアの熱を隣に感じ、アムロはひくりと身体を震わせた。





名も知らぬ人々のために戦う自分達がいる。
ならばシャアと2人、その人々のうちの1人になってみるのもたまにはいい。
アムロは傍らの男に気付かれないようそっと笑った。






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裸のアムロがちょっと書きたくなったもので・・。
エースパイロットで指揮官レベルの2人が
休暇を取るか、そして一緒に取れるのか
かなり怪しいところ。
しかも人目を気にして、といっても仲間にはバレバレですよね。
2人が同じ果てを見たのかどうか・・・・・。
そのあたりは御想像にお任せします。
この話が原作ベースなのか、それともSRWベースかどーか。
それも御想像にお任せ。
03.12.14 加筆修正