狭 間






シャアは緑の街路樹の連なるアスファルト道を車を走らせていた。

空は薄暗くたそがれていた。

雨が降るような事を予報では伝えていたが、それが今日これからの事であるのか明日の予定なのかは 定かでない。

市街地を抜ける頃から車の数はぐんと数を減らし、今では反対車線を走る車どころか人の姿さえ見あ たらない。

ただシャアの運転するエレカのみが緑の続く道を通過するだけである。

その緑も気がつく頃には姿を消し、地球の自然を模した景色が車窓をゆるやかに流れていく。

季節は夏に向かっているはずだった。

しかし窓の隙間から入る風は冷たい。その風がシャアの白い頬を嬲り、細い髪をなびかせる。

かすかに空気が湿っている。

この静けさは間もなく訪れる夏の喧噪の前の束の間の休息か、それとも単なる夕立ちの予感なのか。

灰色ばかりが覆う空は酷く低く重苦しい。

精彩のない世界を囲むようにして広がる山々が更に沈黙という息苦しさに拍車をかけていた。

目前に続く誰もいない道。ひとり取り残された隔絶された世界。

日常にぽっかりと無人の世界の扉が開き、
まるでシャア一人がその世界の中枢に迷い込んでしまったかのようだった。

この道の果て、自分が辿り着いた場所には誰もいない。なにも。

あるのはこの空に連結した灰色の世界。

厚い雲に閉ざされて光は射さない。


* * * *



その話を聞いたのは一週間も前の事になる。

永久中立を掲げながら油断なく己の利益を画策しているコロニーの代表者達をかわし、
艦は宇宙ドックに錨を降ろした。

立場的には上官である彼とは因縁浅からぬ間柄であったが、
長く時を過ごす中でその関係はゆるやかに形を変えていった。

今も彼とは腹のさぐり合いはある。しかしシャアを取り巻く冷たい世界の中では、
気がおけない間柄といっても良いだろう。

ブライトに他意はなかった。ただ彼は聞いて欲しかったのだ。そうなのだろう。

彼の確かな存在を。

彼を良く知るこの自分に。



無機質な空間と殺伐とした世界。

色のない宇宙ばかりを眺めていると現実の月日というのは曖昧で、
実際に過ごした月日の数倍もの時を過ごした錯覚に見舞われる。

かといって軍務から奇麗に離れこうしてたまに緑や風にふれると手持ち無沙汰で、
かえって疲労度が増すのだから救いがないとしか言い様がない。

ほとほと自分は平穏な世界の水は合わないのだろう。

では彼はどうなのか。

果たして戦場の舞台を降りる事が出来たのだろうか。






彼が艦を降りる事を自分は止めなかった。

彼が去った後、何処へ消えたのか、何をしているのか、生きているのか。

その一切の後をシャアは追わなかった。

去りたいと言う者を無理に繋いでどうするというのだ。そんな人間など使い物にならない。

執拗な連邦連中を彼から引き離したのは自分だ。

過去に棄てた己の名まで駆使して。馬鹿げている。

だが、


去りたければ去るがいい。


それがシャアが彼に対して最後に出した結論だった。









『そういえばこのコロニーだったな。身を固めたらどうだと言ってるんだが全くアムロの奴、耳をかさないんだ』

ブライトの苦笑した姿が目に浮かぶ。

この自分の中に決して癒えない深い傷を刻み付けた男。

頑なだった彼の存在を記憶から消し去る事は到底出来ないとしても、
振り切った以上思いを巡らせる事は二度とないはずだった。

それなのにそのさりげないひと言が努めて過ごしたその歳月を無常にも打ち壊した。

『アムロ』

その名を思い出した時、自分の身の内に沸き上がったものはいったいなんと形容すべきか。

愕然とした。

その名前の前には彼女の名はなんて稀薄な存在であり淡い欠片だったことか。




どうにかなる間柄ではなかった。今もかつても。

どうにかなるものならあの時彼を己の中から閉め出す事もなかったはずだ。

関係は一人で成り立つものではない。

いくらこちらが奔走しても相手がついてこないことにはそれは永久に空回りだ。

しかし何かが耳元でささやいていた。

これは終わりではない。

その根拠はなんだ。なぜ自分はここにいる。

この駆られる焦燥感。

アムロ・レイに会いに行く、だと。この私が。



馬鹿げている──。とは笑えなかった。




** **


道は緩やかなカーブを描き大きく右に逸れていた。

そのカーブの先には木立にまぎれて湖が姿を見せている。

湖面は灰色の空を映し出し鈍色にさざめいている。

この湖の岸にそったどこかにアムロはいるのだ。

目の前に現れたこの自分を彼はどう思い、受け止めるのだろう。

車は滑るように道を滑走している。まるで避けては通れない道であるかのように。

彼に会うのは間違いではないのか………。

不安と恐れ。

認めたくはないが世界のこの重苦しい有り様は、今の自分の漠然とした感情にうってつけともいえ た。

口の端で苦く笑う。










- 狭 間 -

シャアとアムロが再開する前のお話。
アムロへの屈折した思いや焦燥が書きたかったのですが出ているかしら。
もっと簡潔にしたかったのがだらだらと続いてしまってちょっと不満。
久々がこれでごめんなさいってところかしら。