幕 間
夜半、無意識の内に寝返りをうったアムロは、隣に人の気配を感じて眠りから引き揚げられた。シャア・・・・ ?
隣に人のものであろう影を認める。覚めやらない意識でその影を凝視した。
採光は極端に少なく、やがて暗闇に慣れた目で見つめてさえ、その姿は黒々とした暗い塊としか捉える事が出来ない。
いつ戻ったのだろう。そしてベッドに潜りこんだのだろう。
一つのベッドだ。隣に潜りこまれて気付きもしなかった自分はよほど間抜けというしかない。あるいは彼だという事で気を許していたのだろうか。
静けさに身を任せていると波打つ彼の呼吸の音が聞こえる。
正しく、ゆっくりと、穏やかな息遣い。
耳を澄ましているうちに、自分の呼吸が彼のものに少しずつ重なっていくのがわかる。シャア・・・・
(‥‥‥なのか)
本当に・・・・
ここにいるのは。
暗闇にシャアの姿を見失い、ふとそんなことを思った自分に苦笑する。
ベッドを共有した相手は彼が初めてではない。が、考えるまでもなく現在アムロがそれを許しているのはシャアだけであり、今のアムロは彼以外の他の誰も知ら ない。(本当は、許したわけじゃないけど‥‥)
許すも何も室内のアムロの家財道具を追い出して、シャアがこのベッドを入れてしまったのだ。その強引さと特大のベッドを選択した大胆さ。そ のあたりのやり方は戦時の彼にも通じる気がして、馬鹿馬鹿しくもあるが彼らしいと変なところで納得させられてしまった。
考えてみるとおかしな話で妙な関係である。出会ったのは十年も昔。セピア色の色褪せはしていないが、アムロがまだ子供の時の出会いなのだ。
ララァが死んで、戦争が終わり、お互い別の道を歩んでいた。クワトロ・バジーナと名乗る彼と出会ったのは、もう会う事はないと思っていた頃の話。(貴方もそう思っていたんだろう?)
会うつもりもなく会わないはずが出会ってしまい、スタートした関係。
脳裏に当時二人を取り巻いていた熱い嵐が甦る。
かつては身体にも精神にも痛みをともなう関係が、その呼び名が変容した頃から痛みよりもむしろ甘さばかりを拾い出す関係となった。相手が女ならそれに伴う 欲求は男の欲求として片付けようもあるのだが、なにぶん相手はシャアで男だ。大手を振って言えるわけもなくどうにも具合が悪い。更に付け加えるならば、彼 の妹に恋心を抱いていた事、少なくとも数人は付き合った女の事など昔の自分を知られているのだから別の意味で歩も悪い。まあそれについてはお互い様である のだろうが。
だがしかし‥‥‥。(やっちまったんだよな‥‥‥)
『あんたが好きなんだ──』
少し前のある日の事である。
ちょっとしたきっかけを発端に、二人は昼間からその気になってしまった。行為が終わる頃には夕方になっていただろうか。
その後まるでつかえが外れたように、そんな言葉を零していた。まさに告白である。
アムロにしてみると偶然の産物であり意図していた言葉ではなく、かといって雰囲気に流されたわけでもないから質が悪い。
「私も君が好きなのだが‥‥」そう言ってシャアも応えてくれた。だが今まで告げた事のない言葉をシャアより先にというのが癪だ。感応する間シャアに心を触 れられて、とろけてしまうほどの愉悦を感じてしまったのも悔しい。
男らしくなかろうが往生際が悪かろうが消したいものは消したい。
単純明解な関係ではないが好意は持っている。咄嗟の言葉なら放っておいてもよいのだが、真実を含むからこそ弱味を握られたようで厭なのだ。いや、またひと つ弱味を見せてしまったというべきなのか。
そういえばその翌日にシャアは緊急の呼び出しで飛び出していったのだ。シャアとはそれ以来実に久しぶりだ。約束していたベッドの仮置き期間も過ぎていた事 を思い出す。(まったく。‥‥‥恥ずかしい)
昔のことを思い出し、またそんな事を思い出したアムロは恥ずかしさと情動に身体が火照りを持つのを感じた。
どうにも隣の熱を意識してしまうのを厄介に感じつつ、その劣情ごと吐き出すように深い呼吸をひとつふたつと繰り返しては熱が冷めるのを待った。
幸いシャアはぐっすりと眠っているらしく動いた気配は見られなかった。ほっとした。
横たわりながら隣の様子を窺っていると、暗がりに慣れた瞳が影の輪郭をほんのりと捉えはじめた。しかし背を向けているのか、こちらに顔を向いているのかま ではどうもよくわからない。
目が冴えてしまった。
どうしよう、そんな思いが浮かぶ。「‥‥‥‥‥」
なんとなくシャアに背を向けられている気がする。寝たいのだろう。
悪戯心が働いた。(こっち、向けよ)
さすがに声を出すのは気が引けて声を出さずにシャアを呼ぶ。実際向かれても困るから、本気の1パーセントにも満たない思いに留めておく。
(向けったら)
昔、テレビで見た超能力者のテレパシーに憧れて幼馴染みのフラウ相手に念を送ったのを、「睨まないでよ」と怒られた事を思い出し、そんな事 もあったなと少し懐かしくなった。
それに似た力を見つけたアムロを待っていた現実は、憧れていたものとは随分違ったものだったが。(おい、シャア)
あんただって、ニュータイプだろ。
「あまり見つめないでくれないか」くぐもった声が暗闇から飛び出し、アムロはどきりとした。
「‥‥‥‥起きてたのか」
「‥‥そんな風に見つめられて、眠れるはずがないだろう」
どんな風に見つめていたというのだ。
どうやら今の言葉にそれ以上の含みはなかったようだが、つい先程まで劣情に捉われかけていたアムロには非常に心臓に悪い。自分の声がシャアに聞こえてし まったのだろうかと焦りもした。追求でもされたらそれこそなんて答えたらよいのかわからない。
もそり、と影が動き、その動きと共にベッドも軋む。
強い視線を暗いというのに感じた。どうやら体勢を変えてシャアがこちらを向いたらしい。
カーテンの隙間から入り込むごく僅かな採光を捉えて、シャアの瞳が瞬いた気がした。まずい。
これは見つめ合っている体勢だ。
そう考えて、落ち着かなくなる。
「──アムロ」
「悪かったよ。おやすみ」
呼びかけと視線を遮りたくて、アムロは身じろぐとそそくさとシャアに背を向けた。
寝よう、そう思って布団に深く潜り込む。その時、ぐいと思いもよらない力でアムロの身体は後方に引っぱられた。(ッ!?)
何事かと思う合間にもアムロの身体の周りを太く巻き付く何かがあって、それですっぽり戒められてしまう。
「私の睡眠を邪魔しておきながら、一人だけさっさと寝に逃げるつもりか?」
掠れた声は不機嫌も露だ。
「そんなつもりは‥‥」
首筋にシャアの熱い息がかかり、掠れた声の艶にアムロは震えた。
アムロの身体に巻き付いたのはシャアの腕だ。裸の背にぴたりと寄せられたそれはシャアの厚い胸板で、その腕の中にアムロは閉じ込められていたのだ。「ちょっ‥離せよ」
慌てたようにアムロはシャアの腕を振りほどいた。一瞬だけアムロの方が早かったのだろう、逃すまいと強く巻き付く腕より先にかろうじて脱出 する。
「なにするんだよ、いきなり」
起き上がって不平を洩らすと、暗闇にひと呼吸置いてアムロのものでないため息がひとつ溢れた。
「いきなりとは心外だな。ただ抱きしめただけだぞ」
シャアも上体を起こしたのだろう。ひと時沈むベッドのたわみがそれを伝える。どことなく視線に咎められている気がして、居心地の悪さにアム ロは後ろに退いた。
「眠いんだ。俺はゆったりと寝たいんだ。そのための広さだろう」
アムロ以上に眠りたかったのだろうシャアを見当違いに責めているのは分かっている。だが次から次へと思い出してしまった出来事に、必要以上 にシャアを意識してしまっている。内容だってとても話せるものではない。
頼むから放っておいて欲しい。アムロはシャアから遠のくよう反対側へじりじりと後ずさった。
そして───。「‥‥ぁ‥エ?」
アムロは底のない暗闇に落ちた。
ぽうっと淡いオレンジ色の光が点り、暗闇の中に二人が浮かんだ。「─────いったい君は‥‥何をしているんだ?」
毒気を抜かれたシャアが眉を顰めてまじまじとアムロを見つめている。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥アムロ」
あんたのせいだろっ。
そう思ったが、身体がショックから立ち直れないでいるのか言葉が出てこない。頭上から窺うシャアをアムロは戸惑いと不満の表情で見上げた。
それがどんなに広くて大きいベッドでも必ず限界はあるのである。単純かつ重要な事なのだがそれを失念していたアムロは、情けなくもベッドから床に落ちてい た。「器用な事をしてくれる」
「‥‥‥‥‥」
返す言葉もなかった。
「それで君はどうする」
「‥‥‥‥」
「床で寝たいというのなら私は止めはしないが」
笑いのこもったその言葉にアムロはシャアを睨みつけた。仄暗い照明が保護色となり隠してくれているが、アムロの顔はおそらく耳まで赤いだろ う。
顔前にシャアの手が差し伸べられる。
上がってこいというのだろう。
指先から腕の滑らかな筋肉にそって視線を上げていくとむき出しの肩に辿り着き、シャアの裸の体躯が淡く浮かび上がっていた。闇をバックに黄色とも金色とも つかない陰影で塗り込めるように彩られている。落ち着かずアムロは視線を逸らした。
下げた視界に自身の体躯が飛び込んできた。シャアがいない開放感に不精をきめこんだアムロもまた下着一枚という格好だった。トランクス一枚で随分と情けな く落ちたものである。「わるい」
振払う気にもなれず、アムロはシャアの手を借りてベッドの上に戻った。
かなり不毛な構図ではないだろうか。
部屋の大半を占めるサイズのベッドの上に、下着姿の裸の男が二人見つめ合って座っているのだから。
アムロは懊悩した。
「こんなに空いたスペースがあるというのに落ちる人間がいるとはな」「しつこい男だなぁ。耳元で喋るなよ。くすぐったい」
シャアは再び抱き込む事こそしなかったが、肌の触れ合う位置に二人は収まっている。照明はすでに落ち顔の表情の見分けはもうつかないが、話 をすると振動が互いの肌に伝わった。
その言葉も途絶えると、あとは呼吸と鼓動が二人を結んだ。
アムロは天井の暗闇に目を凝らした。
久しぶりにシャアの顔を見た。それまでシャアに違いないと思いながら、どこか覚束なさを感じていたのがいつの間にか消えている。いよいよ駄目かもしれない───。
尤も、この男に魅入られてしまったのはもっとずっと前の事なのだが。
シャアの呼吸は寝に入った時のすでにそれだった。きっと疲れているのだ。今は安心しきっているに違いない。
ただひとりアムロだけがどうにも眠れそうになかったが、それも時間の問題だろう。眠りの精の恩恵を受け、隣は気持ち良さそうに眠っているのだから。
− 幕 間 −書きたかったシチュエーション
↓↓
1.二人がくっ付いて眠っている
2.ベッドから転がり落ちたアムロ
3.ほんとうにシャア?
それがこんな話‥‥。