白樺にそそがれる夏の日射しは緑の木漏れ日となって、眠る 彼の頭上に涼しい影を落としていた。
こんなことなら本でも持ってくるべきだったかな。
ああ新型MSのテスト報告は未読のまま山積みだ。
新造艦のデータでも確か問い合わせがきていたっけ。分野が ちがうんだけどなぁ。
修理依頼に、それから趣味でやってる子供騙しの玩具もた まっているよなぁ。
「・・・・・」
おかしい・・・。
現役を退いたはずなのにこれじゃ艦にいた時とちっとも変わ らないじゃないか。







外に出ないか────?
そう誘ったのは彼の方だった。 
正式に彼と暮らすようになってから2週間目のこと。
予想を上回る不健康で、あまりにも籠りがちな自分の生活を 見かねての事らしい。
『貴方のせいだろ。行きたかったらひとりで行ってくれない か』
そんな彼からの誘いに対して、自分の口を突いて出たのは味 も素っ気もない言葉。
我ながら冷たいとは思った。
でも彼が現れるまでここまで忙しくなかったのも事実。
そりゃあもともと嫌いな事ではないから、熱中し過ぎて食事 を抜いたり、入浴しなかったりなんてこともあったし、
足の踏み場もない部屋も時々お目見えしたけど。
あくまでも『たまに』であって連日じゃなかった。
第一線を退いた自分の所に「宝の持ち腐れ」とかなんとか 言って、現役の仕事を持ち込んできたのは貴方だろう。
静かで理想的だった生活が一変で騒がしくなってしまった。
相変わらず貴方の周りは善い悪いも賑やかだ。
渋っていた自分への強引なアプローチは、もしかして相手を してくれない自分への意趣返しだったのだろうか。
なにしろこれが彼と暮らしはじめて二週間目にして、初めて のコミュニケーションらしいコミュニケーションなのだから。
・・・・・しかし、
それなのに、結果がこれなのか?
てっきり街にでも繰り出すのかと思った。
だが連れてこられたのは、自宅からさほど遠くない所に位置 する湖畔に面した雑木林。
そして誘い出した当の本人は会話を交わす間もなく寝てし まった。
『しばらく眠る。一時間経ったら起してくれ』
だと。
まるで戦場にいるかのような言いぐさだ。
これも意趣返しなのだろうか??
時計は彼が急かすから置いてきてしまった。
彼が持っているかと思えば彼も全くの手ぶら。財布すらな い。
これでよくもまぁ「外に出よう」だ。
一時間といわず何時間でも眠るといいさ。



湖面を駆け抜けたばかりの風はひんやりと冷たい。
草のざわめきと木々の葉と葉がこすれあう音。他には時折舞 い上がる鳥たちのさえずりが聞こえるだけ。
コロニーの人工的な夏でも終わってしまうと淋しいものだ。
やがてこの緑の森も秋の色に染まるだろう。
そして冬が訪れる。
今年は雪は降るだろうか。
もしキャンプで賑わう夏の時期であっても、自分ひとりなら 絶対来る事はなかったと思う。
埋没していく自我を片隅にとらえながら、かつて自分はこん な景色を飽きる程見てきたのだ。
あの頃の自分も確かに自分であり消し去る事は出来ない。
だからといってあえて思い出すような行為はしたくはなかっ た。
いつかは平安が訪れるとしても今はまだ自分はそこまで回復 はしていないし、
平気でいられない。
知ってしまった暗い淵はともすれば亡霊のようにまとわりつ き、引きずり込もうと画策する。
「まったくいつまでも。中途半端な男だな」
そんな自分を、この傍らで眠る男は良いと言う。
そしてまた自分もこの男で良いと思った。
互いの何を知っているかと言えば知らない事の方が格段に多 い。
ただ知っている事に関して言うなら、自分達は本質に近い所 で互いをよく知っているといえるだろう。
それは生と死がむき出しの世界で生き残るため、必然として 生まれた知恵の結果であり、
ニュータイプ同志の共感としてではない。
ともかくこれからはそれを基盤に新たな自分達を作り出して いくことになるのだろう。
けれど
この二週間、かつてない程生身の彼を身近に感じながら、話 らしい話どころかまともに顔を合わせる事もなかった。
いったいどんな顔をして彼と相対したら良いというのだ。だ から忙しさにかこつけたともいえる。
敵味方として名を呼び合うのでもなく、
彼の前で笑い、泣き、ここの食事はまずいと言って怒る。
時に甘さに酔う、素の自分。
そんなこと・・・・
「いまさら何を言っているんだ俺は」
わかっていたはずなのにためらいが消えない。




背中にそっと置かれた手に、彼が起きた事を知った。
「アムロ・・」
いつの間にか自分は頭を膝に埋めながら思考の海に埋没して いたらしい。
「君の事だ。私の事など置いてさっさと帰ってしまったと 思ったよ」
「そこまで冷たくはないよ」
青い瞳が自分を見つめていた。
「いつ起きたんだ」
「五分か、十分か。時計がないので詳しい事は分らんが」
「何の準備もなく出かけるなんて貴方らしくないな」
「君はそう言うが、私らしいというのは何を基準にして私ら しいというんだね」
瞳が悪戯っぽく笑い、問いかける。
注がれる視線になんとなく落ち着かなくて、反射的に目を逸 らしてしまった。
悔しいがまだ慣れないのだ。
敵であった時の、クワトロ・バジーナと名乗り共同戦線を 張っていた時の、
雨の日初めて彼がここに訪れた時の、瞳の色が強すぎて。
「慌てる事はない。私達は今はじまったばかりなのだから」
逸らした瞳を無理に引き戻すようなことを彼はしなかった。
かわりに額に目尻に、そして結んだ口の端に彼の唇が落とさ れていく。
唇が合わさるのに、さほど時間はかからなかった。














イメージはデヴィッド・シルヴィアンのアルバム
「SECRETS OF THE BEEHIVE」より
「9月」

04年5月改稿