明け方の湖には霧が深く、白くたちこめていた。
いつもならまだ深い眠りについているこの時間、不意に目が
冷めてしまったアムロは、
この突然出来てしまった空白の時間を持て余していた。そして窓辺から雑木林の先に広がる湖を眺めていた。
霧の作る純白な世界は、いつか再び訪れるだろうひと足早い冬の先駆けのようだった。
一人の静寂な時間を何ものにも邪魔されたくなくて、息を潜
めてカーテンの側に立つ。
釣りをしよう。
そう思った事に明確なものがあったわけではない。
それはただの理由付けだ。
男が目を覚ました時の、少しばかりの欺瞞。
朝っぱらから、しかも霧深い中だ。果たして、釣れる魚がいるのかどうかひどく怪しい。
出掛けに見つかりでもしたら、釣れるものかと一笑にふされるかもしれない。
そんな事、自分でも良く分かっている。
ただ、
こんな馬鹿な事を考え、そうせずにはいられないほど、
シャアの存在を気にしている自分がいて、
だからこそ、この距離間と空気が苦しくてどうにかしたかった。
倉庫の中に釣り具はあるだろう。
餌は、本気でないから冷蔵庫から適当なものを失敬すればいい。
この家には自分とシャアしかいないのだ。
文句はあがらない。
**
シャアの規則正しい寝息が背後のベットの中から聞こえる。
この男との情交は時に凪のようであり、まるで嵐のようだ。
嵐の時は互いにもがき、無様にあがき、
その分だけ目に見えない何かが手に入るとでもいうように、激しく求め合った。
そんな風にして昨夜も声にならない荒ぶる思いを叩き、叩きつけられながら交わったのだ。
その痕跡はアムロの身体に今も深く刻み込まれ燻り続けている。
生きていくぶんには知らなくても良かったものを、
この男を通して自分の中に打ち震えるほどの激しい情動があった事を、初めて知った。
暴かれたと言ってもいいこの思いの行き先がどこに向かい、どこへ続いていくのか、
あてもなく彷徨うことを描き、それを思うとどうしようもなく途方に暮れる。
シャアは今、何か夢を見ているのだろうか。
アムロにとってはこうしている事のほうがよほど夢に近かっ
た。
さっと風に乗り、湖面を駆けていく霧のように、つかみ所がなく頼りない。
シャアとの事も、身体も心すら、この霧の前では儚く思えた。
いや、夢であって欲しいと思うからこそ、よりいっそう夢と重ねるのかもしれない。
そこで初めてアムロは背後を振り向いた。
覚めない夢。
無防備に眠るシャアがそこにいる。
手を伸ばせばあと少しで触れる距離。
蒼暗い室内に、むき出しの肩と顔が淡く輝き浮き立っている。
いく度その身体に触れただろう。
ベットに横たわる存在の証である膨らみを見て、霧立つ胸にさざ波が湧いた。
高ぶる感情のままに、首に指を掛け力を込めても今ならその
手を取られる事はないだろう。
眠りと共に墜ちていってくれるかもしれない。
不意に‥‥‥
この男を本気で欲しい、と思った。
今までに感じた事もない強さでもって、一直線にその思いが胸の中で荒れ狂う。
まるでそれは暴風雨。
どうしようもなく、
どうにかしたい‥‥‥。
「俺は‥‥‥」
ならば、
釣りにも行かず、その思いのままに肩を抱き寄せたほうが良いのではないか。
もう少しそばに寄ったほうがよいのだろうか。
それとも今だけはすがりついて‥‥‥。
だがアムロがシャアに出来たのは、ただ掠めるようなキス
だった。
- 湖はうら明るく -
二人で暮らす前なのか、
始めた後の出来事なのか、どっちなのか
タイトルは名前も知らないある詩から
予定ではボート上の二人の甘いお話の筈でした‥‥