月に登る - darkest dreem -
息苦しさにアムロは目を覚ました。
‥‥‥‥‥ここは
静けさの重圧に耐えかね、アムロはバイザーを引き上げた。口を開け、喘ぐように酸素を取り込む。
時間が経つとともに、そこがνガンダムのコクピット内であることをアムロは思い出した。
そうだ、自分はシャアと対峙したのだ。‥‥動くのか?
アームレイカーに手を伸ばす。
反応はなかった。
計器類に触れてみる。だが回路がイカレたのかどれを触れてみても満足な反応は得られなかった。唯一作動した片隅のサブモニタですら接触が悪いらしく、今に も消えそうにノイズがちらついている。
非常灯が灯るコクピットの中は薄暗く静かだった。自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。
試しにアムロはハッチの手動開閉装置のレバーを引いてみた。
すると厚い扉はぎしぎしと小刻みに震え、開く気配を見せ始めた。
しかし、どこか引っ掛かっているのか、あるいは機体の損傷で歪みが生じているのか、それ以上の進展はなかった。どうやらアムロは狭いコクピットに閉じ込め られてしまったらしい。
通信は使えず、脱出も出来ない。
緊急用サブシステムはかろうじて生き残っていた。だが、長時間は使えない。今の自分の位置が掴めない以上、バッテリーの消耗は極力抑えたかった。
地球はどうなったのだろう。みんなは。シャアは。
これで発見もされなければ、人知れず自分は愛機の中で息絶えるのだろうか。‥‥それはそれで良いのかも知れない
シャアは死んだ。
もう、自分を奮い立たせる必要はない。
そう思うとこんな状況だというのに不思議と恐れはなかった。
アムロはシートに深く身を沈めた。いいしれぬ虚脱感がアムロを襲い、眠気を誘う。
その欲求に身を任せ瞳を閉じようとした矢先、視界に眩しい色彩が飛び込んできた。暗い機内に切り取られたようにモニタだけが輝いている。
地球だった。
その一部がモニタに切れ端として映っていた。
地球の引力に捕まったのか、νガンダムは宇宙の遠くに飛ばされずに済んだらしい。
忌み嫌っていた地球の引きつく力だったが、今回ばかりは感謝すべきなのだろう。
地球の周りを漂っていたのなら生還の可能性はある。ブライトでなくても、他の誰か、コロニーと地球の間を行き交う船が自分の救難信号を見つけてくれるかも しれない。それは早ければ早いほど良いのだが。
冴えた色に魅入られたようにアムロは小さなモニタを追い続けた。
青い下地に真っ白な絵の具を流し込んだように、雲が流れていた。雲の下には大陸も見える。いたるところにある抜け落ちた色彩と不自然に大歪む箇所は、おそ らく人間がつけた傷跡。見慣れたとはいえ、癒えぬ傷から赤い肉がむき出しているようで痛々しい。
それでも地球はそこにある。
この宇宙から見たら地球はあまりにもちっぽけだ。だがその地球より自分達はもっとちっぽけだ。
「なぜ、争わなくてはいけなかったんだ」アムロの瞳から溢れた涙は、粒となって宙に舞った。小さなその粒ひとつひとつに青い地球の欠片が生まれる。
「地球はまだ死んじゃいないだろう?」
可能性はいくらでもあった筈なのに。
‥‥‥シャア、何故そんなにも急いだんだ。
あんたが待った時間など、通用しない程の時の流れがここにはある。
ララァがいなくては、俺達は何も出来なかったのか‥‥‥
話したい事があった。
聞いて欲しい事も。
あんたとは沢山の語りたい事があったと思う。
貴方はもういないのか‥‥
‥‥‥私を、勝手に殺さないでくれるか‥‥‥「!!」
あんたなのかっ!!
‥‥‥‥‥‥
応える声はなかった。
だが、微かに笑い声が聞こえた気がした。「くそっ開け。開けよっ!!」
開閉装置を起動させるとアムロはハッチに飛びつき、開けとばかりに身体を押し付けた。外がどうなっているかなんてことは今のアムロには 関係なかった。
シャアがいる。それだけが現実だった。「開けったら!!!」
怒りたいのか泣きたいのか、喜びたいのかわめきたいのかアムロにも分らない。ただこの胸に沸き上がる感情の昂りの前に、何もせずにはい られなかった。
荒い息を吐き、格闘してどのくらい過ぎただろう。
アムロの気迫に負けたのか、ハッチはようやく開き始めた。
きしみ声をあげながら重構造の扉が上部へと押し上げられていく。
アムロはバイザーをおろすと待ちきれないというように、僅かにできた隙間に身体を滑 らした。
飛び出すと同時に視界を埋め尽くす暗黒の世界に恐慌をきたしそうになる。
だが気がつけばアムロの足元にはモニタでは比べようもないほどの大きな地球が、まるで大丈夫とでもいうように浮かび、その存在を示していた。
その輝きにはアクシズが落ちた痕跡は見られなかった。
ララァが笑ったように思えるのはアムロの気のせいだろうか。
地球の輝きがアムロのノーマルスーツを青と白に染め上げる。
視界いっぱいに広がる地球の片隅に、アムロは忘れられない赤を見た気がした。
- darkest dreem -実は夏に一冊の本として出そうと思っていたお話。
ただ逆シャアは私の中ではまだ消化中。
結局もっと時間をかけ煮詰めたいということで
連作という形をとり少しずつアップしていくことにしました。
本当はアムロが宇宙に上がるとこから始まる予定だったので
総題が「月に登る」となっています。
この話はラスト前の話なのにな〜。
サブタイトルにも意味があるのですが、それはまたどこかで語りましょう。