無 音 




『時間が足りない』

そう思う時がある。
その思いは常にまとわりつき、拭いきれないしこりを心に作らせた。
未熟さ故か、変容の兆しさえ見せようともしない、地球にしがみつく怠惰な人間に対してか。
それとも、あの男を懐柔出来ない我が身の力の無さ故か。

「‥‥‥‥」

苛立ちの起因はそのどれもだ。
わかっている。しかしその捌け口は見つけられず、それがいっそう苛立ちを募らせる。

「大佐、何をお考えです」

低いヒールの音が近付き、外を見つめるシャアの横にナナイが並んだ。

「アムロ・レイの事ですね」

答えずにいるとナナイが答えを出した。

「月へ登ったらしい」

「厄介な敵です」

厄介か──、

胸の内で呟く。
確かに、そうだな。

アムロ・レイ。
ララァを奪った男。

ここまで到達する間に厄介だと感じた相手は幾人か、いた。
その中にあっていまだ健在なのは彼だけと言っても良いが、厄介な相手その最たる者が彼でもある。

微かに香水が香る。

敵。
隣の女はそう言ったか。
昔から優秀な女だった。媚びることをせず、またシャアの引く一線を知り、けしてそれ以上は踏み込んでこない。そんなところも気に入っていた。その優秀であ ろうこの女が、しかしあの男の事になると若干話は違ってくるようだ。『アムロ』とついて出た声音に冷たい澱を感じた。
自分とあの男との間に流れる憎しみ一辺倒ではない感情。
地球に降りた頃、繋がるのではないかという思いはあった。手に入るかと思えた時も。
優しく言葉を交わしたわけではない。愛しむように睦み合ったわけでも。寄る辺のない関係の中に傷を舐め合う馴れ合いの後ろめたさを持ち続けながら、それで も互いを唯一と捉えてもいた。
結局あれからシャアは政治の世界に身を沈め、煮ても焼いても食えない連中相手にあれほど嫌っていた狡猾さばかりを身につけた。一方、あの男はいまだ変わら ず青臭さい理想を大切そうにぶら下げている。
厄介な敵であると、意図してナナイは口にしたのか。

こうして立ち止まり外の暗さを見つめていると喪失感がゆらりと立ちのぼる。
ララァを失った時から自分の心のはどこか欠損しているのだろう。
虚ろな闇に自分が重なる。

アムロはララァと成りえただろうか。

しかし、今の私ではあの男を手に入れる事は出来ない────。

それが現実だった。

宇宙港のガラスの外にはいつの間にか小さな地球が浮かんでいた。
地球の出だ。
執着するほどやりたい事があったわけでは無い。やり残したものがあるのでも無い。かつては復讐を誓った時もあるが、あの頃は代償がいるとは知らなかった。
どのくらい長い事闇を見つめていたのだろう。 
ナナイの視線がこちらを向いていることに気づいたシャアは、その場をゆっくりと立ち去った。









- 無 音 -

1stやZの頃のシャアとCCAのシャア。
その変容ぶりにいったい彼に何があったのか?
そう思わずにはいられないのですが、
今後の展開を考えると、うーん自分で考えるしかないか‥‥。