アムロ大尉が乗るのは片翼の白い機械人形です。僕の乗るターンAと同じ系列の機体なのだそうだ。
νガンダム・・・・そう呼ぶらしい。
= 空の面舵 =
「アムロ大尉!どちらへ行かれるんですか」僕は整備の手を止めるとターンAのコクピットから声をかけた。
隣に林立するνガンダムのコクピットシートに、ノーマルスーツを着用したアムロ大尉を見つけたからだ。「こいつの性能チェックを兼ねての見回りだよ」
正面ディスプレイから顔を上げたアムロ大尉はそう言って僕に笑った。
MS隊の指揮官であるアムロ大尉はパイロットとしても優秀だけど、技術者としてもプロの腕前を持っていた。人手が足りないのだから仕方ないのだろうけれ ど、そのうえブライト艦長の補佐までしているのだから凄いと思う。
そんな忙しい身のアムロ大尉に僕はターンAの修理や調整を時折見てもらっていた。ターンAには本来自己修復能力が備わっているのだけれどそれでは間に合わ ない事もあるからだ。
大尉の表情が穏やかなのに、僕は思いきってお願いをしてみる。「あの、僕もお供してもいいですか」
大尉が日頃からオーバーワーク気味なのは僕も知っていたし、今僕がやっていたのは整備と言っても点検のようなものだった。運良くノーマル スーツも着用していたし、少しでも役に立てるならと僕は思ったのだ。
もちろん断られるのを承知の上の駄目もとだ。「そうだな。君の乗っているガンダムも修理したばかりだったな。その後の動きもじっくり見てみたいし、いいだろう」
意外にも大尉から返ってきたのは気さくで温かな言葉だった。
「ありがとうございます!」
気さくでこんな風に融通の利くところも大尉の人気の秘密なのだろうと思いながら、僕は嬉しくなってコクピットから身を乗り出した。
アムロ大尉が応えるように片手を上げた。
今後の作戦プロットのためにもこの周辺一体を探っておきたかった。
アムロ大尉は僕にそう話をしてくれた。
その言葉に僕は辺りを見渡したけれど、あるのは山裾まで続く広い森と山の連なりばかりだ。時折見かける人工のものといえば、戦火を逃れるためにこの地を 去った人達の小さな家だけだった。
それらの全てを僕らは2体の機械人形を森に隠し、徒歩で見て回った。そして隠し場所に戻ってきた今は、その足元で喉の渇きと疲れをほぐしていた。「はじめて見た時は驚いたよ」
アムロ大尉が感慨深げにターンAを見上げた。
「それにこのガンダムはいろいろと使われていたようだね。整備はしていたらしいが」
僕らの頭上には青い空が広がっている。2機の機体の隠しきれなかった白いパーツ部分が陽光に照らされて時折きらめいた。
「すみません。でも充分な人手や設備が僕達にはなくて、こいつを使わないわけにはいかなかったんです」
荷物運びはそれこそ機材から人や家畜まで。内輪もめの仲裁もしたし、マウンテンサイクルの発掘の手伝いまでターンAはこなしていた。大尉の 言うようにそれこそなんでも屋のように。
ちょっとやそっとの傷はナノマシンによる自己修復能力で治るから整備だって後回しにしていた。アムロ大尉をはじめ過去からきた人達にはそれが大切な機体を 軽く扱っているように見えたのかもしれない。
そんな僕の心を読んだのだろうか。アムロ大尉が笑って言った。「ああ、怒っているわけじゃない。術がない時使えるものを使うのは当然だ。MSだって元を正せば宇宙や極地などの開発に必要不可欠な駆動機 器から発展しているんだからね」
「そうなんですか」
「ああ」
あっさりと頷いたアムロ大尉の言葉は、機械人形の兵器としての威力しか知らない僕にとって俄には信じられないものだった。でもガンダムと呼 ばれる機械人形に初めて乗ったのがこの人で、過去にあったという宇宙戦争に参加していたというのが本当なら大尉の言う通りなのだろう。それに日常の小さな 道具でさえ時には凶器にもなるのだから。
それきり黙ってしまったアムロ大尉を僕はこっそりと観察した。
沈黙する大尉は耳を澄まし、鳥のさえずりを聞いているように見えた。
その姿からハリー中尉やクワトロ大尉によく感じる、軍人の強い覇気を僕は感じ取る事が出来なかった。
パイロットというよりは技術者といった方がピタリとくる。
僕はディアナ様を思い出した。
理由は分からない。
ただ物静かに、あるいは感慨に耽るように木漏れ日に打たれているアムロ大尉は、自ら戦いに赴く人には見えなかった。
でもアムロ大尉は『ガンダム』乗りのパイロットとして有名な人なのだ。『ガンダム』
その名前は過去から来たというこの人達には特別のものらしい。
いや、ハリー中尉やディアナ様も知っているという事は今も特別なのだろう。
いったい、たくさんの『ガンダム』を作り上げたこのアムロ大尉という人はどんな人なのだろう。そして『ニュータイプ』という言葉。これも僕には分からな い。
ふいにアムロ大尉が顔を上げた。
心を読まれたのかと思い一瞬僕はどきりとした。「さあ、みんなの元に帰ろう」
そう言ってアムロ大尉は僕を急かすように立ち上がった。
「大尉?」
どうしたのだろう。
いままでのんびりと羽を伸ばしている様子だったアムロ大尉の態度がよそよそしいものに変わった。
なにか起こったのだろうか。
ニュータイプと呼ばれる人達は勘が鋭いのだと聞いていた僕は、大尉の急変にこれもその力なのだろうかと思った。
日はまだ高い。けれど、みんなの元に帰る頃には肌寒くなっているだろう。どちらにしてもそろそろ帰り時のようだ。
先にコクピットの乗り込んだ僕の耳に「全くあの男は・・・」そんな呟きが聞こえてきた。さりげなく大尉の様子を伺うと、どこか呆れ気味な顔をしていた。
アムロ大尉のその言葉がなにを意味しているのか、その時の僕には分からなかった。
しかし間もなくその言葉の意味するところを僕は知る事になった。
「ああ!!」突然、緑の途切れた場所から機械人形が現れ僕は声をあげていた。
「ロラン下がってるんだ」
その時まるで予期していたかのようなアムロ大尉の落ち着いた声が通信器から聞こえ、νガンダムが僕とターンAを守るように一歩進み出た。
それは真っ赤な機械人形だった。
あれは、クワトロ大尉のサザビー??
サザビーは最近マウンテンサイクルから発掘されて先日整備が済んだところだった。
それが何故!?
すらりとした印象のガンダムと比べ、サザビーは重厚なイメージがある。そのサザビーから発せられるのは攻撃的な強い意思だ。どう見ても一緒に帰還しようと いう穏やかなものではないことは僕にもわかった。
僕は混乱した。
すくむ僕の目の前でどちらが先に射出したのだろう。アムロ大尉のフィンファンネルとサザビーのファンネルが空に舞った。
思いもよらない展開が始まってしまった。赤と白のファンネルが、広がる青い空を交差し寸断する。
その一つ一つが意思をもち、狙いをつけた相手のファンネルを襲っていた。その下ではサーベルを使った接近戦が繰り広げられている。ビーム同志がぶつかり合 い干渉しあって真昼の最中に目も鮮やかな光の燐が飛び散る。瞬時の隙をついてνガンダムが突きを入れれば、躱しながらサザビーが反動を味方に下から切り上 げる。それをシールドで受け止めるνガンダム。鋼の剣なら火花が散り、鋭い金属音が空気を震わすところだろう。「すごい・・・・」
無言で繰り広げられる2体の戦い。その技量と切り刻まれるような気迫に僕は固唾を飲む事しか出来なかった。
一瞬の隙をついてアムロ大尉のνガンダムが森の中に消えた。
すかさずクワトロ大尉が後を追う。
阻むようにフィンファンネルがクワトロ大尉のサザビーの前に立ちはだかった。一斉に攻撃をはじめる白く大きな鳥たち。
ホーミングを狙いながら発射されるメガ粒子砲をかいくぐり、後方にまわったフィンファンネルからの攻撃をシールドで躱すクワトロ大尉。フィンファンネルを 捕らえた大尉のファンネルはくるくると弧を描き、羽根を震わす蜂のように牽制をはじめた。真っ赤な色は怒りの色だ。
ふたたびサーベル同志の切り合いになる。
間合いを取りながら相手の出方を待つように、二つの機械人形は身動きをしない。その緊張感は周囲を包み、痛い程の冷たい空気が張りつめていた。見えない糸 が張巡らされているようだ。
今の二人には互いしか見えていないかもしれない。
二人の戦いに僕は震えた。
僕だって機械人形同士の戦いは初めてじゃない。アムロ大尉とクワトロ大尉の戦いぶりだって一緒に出撃しているのだ。何度も目にしている。スーパーロボット というとてつもなく大きな破壊力を持つ機械人形も知った。そして戦いは拡大と激しさを増すばかりだ。
でもこんな戦いを僕は見た事がなかった。
バーニアを巧みに使い自在に動く機械人形はそれ自体が意思を持っているようだった。いや人形ではなかった。生きている・・・・僕はそう思った。
澄んだ青空の下で流れるように白と赤が踊る。地上で。そしてこの空で。
アムロ大尉とクワトロ大尉のそれは華麗といっても良かった。
でも華麗に見えるこれは破壊を前提にしたものだ。
この二人のどちらでもいい。
もし最初の一撃を受けたのが僕だったら、僕は確実にその一撃で死んでいるだろう。
アムロ大尉とクワトロ大尉がニュータイプと呼ばれる人達で、エースパイロットで特別なのだとしても、これがこの人達が来た時代の当たり前の戦いなのだとし たら。なんて苛烈な時代なのだろう。
僕は目を離せなかった。
ただターンAと共に見つめるしかなかった。
******
「どこ行っていたのよ」「ソシエお嬢さん」
ラーカイラムの格納庫に戻った僕は、早速ソシエお嬢さんに捕まってしまった。
言い訳に口を開きかけた時、それより先に僕の背後に気がついたお嬢さんが口を開く。「あれってアムロ大尉とクワトロ大尉よね」
「ええそうですよ」
二人の大尉はちょうど機械人形から降りてくるところだった。先程まで火花を散らしていたニ機は今は仲良く並んでいる。さっきの姿が嘘のよう だ。
どこまで話して良いのかわからないまま、僕は大尉達と外に出ていた事をお嬢さんに話した。「半日以上もかかるなんて、随分と遠くまで出ていたのね」
「機体の性能チェックとかいろいろ見ていましたから」
「ふうん」
お嬢さんはまだ納得しきれないようだった。でもそれ以上は何も言わなかった。
僕はアムロ大尉とクワトロ大尉のあの戦いの事は話さなかった。
話したところで『男って好戦的ね』くらいにしかとられないような気がしたからだ。
それにあの戦いをどう説明すれば良いと言うのだろう。僕にはうまく話す自信もなかった。
ただ技量だけの問題じゃないのだ。戦闘とも違う。
周囲を震わせる気迫。
そして二人の間に流れていた、あの独特の時間と熱情。
それらを説明出来る言葉を僕は知らない。
あの光景は僕の目に焼き付いてしまった。
もしかしたら二度と脳裏から消える事はないかもしれない。
アストナージさんと何やら話していたアムロ大尉とクワトロ大尉が僕達の方に近付いてきた。艦内通路は僕達の方にあるからだ。
二つの機械人形が対照的なように、肩を並べて歩く二人の大尉もこうして見ると随分と対照的だった。二人とも落ち着いているのは同じだけれど、放っているの はアムロ大尉が静だとしたらクワトロ大尉はやはり動じゃないかと思う。そんな二人があの時は誰よりも近かった。「私、クワトロ大尉って苦手だな」
ソシエお嬢さんが小声で言った。
「そうですか」
「なんだか怖いもの」
あの戦いに勝敗があるとしたら、今回はアムロ大尉の勝ちなのだろう。
フィンファンネルを目くらましに接近戦に持ち込んだνガンダムが、サザビーのサーベルを己のサーベルで弾き飛ばしたたところで戦いは終わったのだ。
あれだけの戦いをしながら双方の機体にはかすり傷程度の損傷しかなかった。
帰る道すがら大尉達から聞いた話では、どうやら機体に損傷が出ないようサーベルの出力もファンネルの威力も互いに抑えていたらしい。そう言われてみれば 使っていた武器はごく限られたものだったし、接近戦でありがちな格闘に持ち込む事もなかった。
それでも僕は驚き目を奪われていたんだ。
あれが本気じゃなかった。その話を聞いた時の僕のショックは並み大抵ではなかった。「ロラン君。さっきは本当にすまなかったね」
昼間出会った時と変わらない穏やかさでアムロ大尉が声をかけてきた。そして謝れとクワトロ大尉にも促す。二人の大尉に謝られて、僕は慌てて 首を振った。
「そんなとんでもない。僕の方こそ足を引っ張ってお邪魔してしまったんではないですか」
「君は気にしなくても良いんだ。気にしろっていうならこっちだよ」
そう言いながらアムロ大尉は隣のクワトロ大尉に視線を向けた。
「サザビーも貴方も見当たらなかったからもしや、と思っていたよ。νガンダムをサザビーの試し斬りに選んだだろう。全く貴方ときたら」
アムロ大尉は心底呆れたといったようにクワトロ大尉を睨み付けた。
「まさか。大尉の腕がなまっていない事をこの手で直接確認したかったのさ」
大尉の言葉に心外だとでもいうようにクワトロ大尉が反論する。
その言葉にコクピットに乗る際に僕が耳にしたアムロ大尉の言葉を僕は思い出した。「さすがだ、と言いたいところだがまだ詰めが甘いな」
「クワトロ大尉こそ真剣さが足りない。楽しんでいただろう」
「私はいつも真剣だ。もちろん楽しむ時も」
そしてクワトロ大尉は満足そうに頷き小さく微笑んだ。
負けたのはクワトロ大尉だ。
しかし大尉からは負けた事の悔しさの微塵も僕には窺えなかった。
悔しがっても良い筈なのに、むしろ機嫌は良いように見える。ある意味こんな風に機嫌の良いクワトロ大尉を僕が見るのは初めてだった。いつもならスクリーン グラスで隠されている大尉の青い瞳。素顔をさらしている今、その瞳さえ穏やかに笑っている。
一方のアムロ大尉も言葉では責めながらすっきりとした表情をしていた。
そこに勝ち誇った姿はない。どちらかといえばνガンダムの性能に満足したとか楽しいといった様子で、それはクワトロ大尉との短いやりとりにも見え隠れして いた。
二人とも戦う事には決して肯定的ではない筈だ。それなのにこれはどういう事なのだろう。
僕は去っていく二人を見送った。
その二つの背中を見つめなて、なんとなく二人の間に流れるものを分かるような気がした。
けれどもやはり表せるだけの言葉を僕は思い付く事が出来なかった。ただ言える事は、あの戦いの中で流れていたものとおそらく同質なものだろうという事だけ だ。
言葉にする必要はないのかもしれない。「クワトロ大尉も機嫌が良い時ってあるんだ」
二人の姿に何か思うところがあったのかもしれない。白と赤の二人の背中を見送りながらソシエお嬢さんが呟いた。
「それはあるでしょう」
誰だってそれはある。
悲しい事もあれば嬉しい事もある。生きているのだから苦しい時も幸福な時も訪れる。
あの白と赤の機械人形が一対のように、おそらく一対なのだろうあの二人の大尉は、いったいどんな時を乗り越えてきたのだろう。
これからも二人の姿は互いの日常の風景の中に、当たり前のように溶け込んでいくにちがいない。
アムロ大尉にクワトロ大尉。
過去から来たたくさんの人々。
僕達ミリシャやソシエお嬢さんにキエルお嬢さん。
そしてその他大勢の生きる人達。
僕らの未来に(そして過去に)光が点りますように。
僕はそう願わずにはいられなかった。そして、大好きなディアナ様の上にもたくさんの光が点りますように──。
僕はそう祈らずにはいられない。
- 空の面舵 - 『片翼の機械人形』
このフレーズが使いたかったんです。
早く使いたくて駆け足で作ったのでアラが目立つかも。
特に戦闘シーンは全て都合の良い嘘なので忘れて下さい。