そして再会 前 編 




「私がどれだけ心配したと思っているんだ!!」

アレグ基地での囚われの身からようやく解放されたアムロは、リーンホースJr.の与えられた自室に戻った早々、部屋で待ち構えていたシャア にこっぴどく怒られた。
大尉という立場柄必要に迫られて怒ることはあっても、他人に怒られるなんて実に久しぶり。何故怒られるのか状況が把握出来ず、アムロはしばらく惚けた顔 で、一人激昂しながら苛々と髪を掻きあげるシャアを見つめてしまった。

「君の呑気さにはいいかげん呆れ果てるぞ」

「なっ‥‥‥。俺は俺で考えた事だ。ブライト達が捕まったのに俺ひとり逃げる訳にいかないだろう」

「それが甘いと言っているんだ。いい加減自分を客観的に見る目を持ったらどうだ!連中にとってお前ほど利用価値の高い人間はいないんだぞ。 カモがネギを背負って罠に入るようなものだ。いいように料理されたいのか!」

はじめのうちこそ絶句し、大人しくしていたアムロだったが、無謀だのお人好しだの、挙げ句の果てには馬鹿者呼ばわりされては黙っちゃいられ ない。状況が見えてくるに従って、シャアの理不尽な態度に怒りと負けん気がムラムラと頭をもたげる。

「何もなかったんだからいいだろ!あなたにそこまで言われる筋合いは俺にはないっ」

スクリーングラスを外したシャアの青い瞳は、怒りも露にアムロに鋭く突き刺さる。だがそんな事で気押されるアムロではなかった。

「何かあってからでは遅いと言っているんだ!君が強化人間のようにされてからでは遅いんだぞ。だいたいがブライト、ブライト、ブライトっ て、何かといえばブライトの名を言うな君はッ。筋合いと言ったが、君と付き合っているのはこの私なのだぞ!!」

ぶちっ。
その台詞にアムロの短くはないが、かといって長くもない堪忍袋の尾が切れた。
なんだって俺がそこまで言われなくちゃいけないんだ?
だいたいがだぞ、大体があんたのせいじゃないか!!
ふつふつと煮えたぎるマグマのように、怒りがアムロの感情を押し上げる。

「あんたが悪いんじゃないか・・・・」

「‥‥‥何?」

「俺には何も言わず、一人で動いて消えて。いつもそうだ。何も知らない俺は俺で動くしかないだろ。それに俺が馬鹿ならあんたは何だよ!作戦 だか何だか知らないが、あんたこそティターンズにいいように使われた挙げ句、カミーユや竜馬たちなんかに簡単に撃ち落とされて!情けないと思わないの か!!」

言い始めたら無性に腹がたってきた。アムロは語尾を震わせ思い付くままシャアに言葉をぶつける。そんなアムロの豹変ぶりに今度はシャアが絶 句した。

「男には自分を殺してもやらねばならない事があるだろう。ましてや君を人質に取られているんだぞ」

気を削がれたシャアの口調は宥めるように優しくなったが、火のついたアムロは逆にそれがどうした、である。アムロは冷笑を浮かべた。

「昔のあんただったら、どうかな。『赤い彗星』ならもっとうまく立ち回ったんじゃないのか」

「それは買い被りというものだ」

「俺はそうは思わない。たとえ無理難題を吹っ掛けられても、そう簡単に屈っしなかったはずだ」

「‥‥‥‥」

「それなのにあんたときたら。若さがどうとか分をわきまえた大人ならなんて陳腐な言葉、俺は聞かないからな。いつからそんなやわになったん だ。あんたを追いかけてきた俺が馬鹿みたいじゃないか」

情けない。そしてもう一度呟く。
アムロの思いがけない感情の吐露。そんな彼に対して紡ぐべき言葉を探している間に、再びアムロが言葉を紡ぐ。

「‥‥わかった。シャア」

「何がわかったんだ」

「俺達、別れよう」

「ッッッ!!」

今度こそ、本当にシャアは絶句した。まさにシャアにとっての晴天の霹靂である。  
慌てるように口を開きかけたシャアを、アムロのどこか思いつめた力ない瞳が押し止める。

「俺とあんたじゃやっぱり無理なんだよ。考え方も、住む世界も違い過ぎる」

「アムロ、何を急に・・」

「放っといてくれよ!!」

シャアの差し出した手をぴしゃりとたたき落とす。
シャアは息を飲んだ。
再び力を持ったアムロの瞳は、感情の激しさに大きく揺れていた。周囲の空気さえ、今はアムロの激情に合わせ震えているようだ。 

「それから言っておくがあんたとブライトじゃ、ブライトとの方が俺は付き合いが長いんだよ!!」

そして、それが部屋を飛び出したアムロの捨て台詞となった。

「アムロ待ちたまえ!!」

慌てて後を追ったシャアのアムロを求める声は、閉ざされたドアに跳ね返され、彼の足元に空しく落ちた。






 * * * *






シャアはアムロが飛び出して行ったドアを見つめていた。
ここは彼の部屋なのだ。もしかしたら思い直した彼が帰ってくるかもしれない。そんな微かな期待を胸に秘めて。

「‥‥‥‥‥」

しかしいくら待てど暮らせど扉が開く事はなかった。

「・・・・・・・」

どうやらアムロに戻る気はないらしい・・・・・。
ようやくシャアはその事実にぶち当たった。

(‥‥‥アムロッ)

帰ってこないとわかれば、治まらないのはシャアの気持ちだ。胸中に立ち篭めるのは不安と失望から来る焦燥。もしやブライトのもとにでも駆け 込んでいるんじゃないかと、嫉妬混じりの必要のない心配までしてしまう。

『俺達、別れよう‥‥‥』

アムロの言葉がシャアの胸に深々と突き刺さる。落ち着いて考えれば考えるほど、何故そんな馬鹿げた結論に達してしまうのかと、アムロを責め ずにいられない。

(別れるだと!!冗談ではない!!)

そう、別れるなどシャアにとっては馬鹿げた話以外の何ものでもなかった。
彼の身を案じる事のどこが悪いと言うのだ。
一緒に戦場に出ているのなら、シャアだとて彼を守ろうなんて、そんな彼の矜持を砕くような真似はしない。だがそれとこれとでは状況が違う。
アムロはブライト達を人質に、そして自分はそんなアムロに危害が加えられるのを見過ごす事が出来なかった。居場所すら分からず、お前の身の安全を仄めかさ れて内心、自分がどんな気持ちだったと思っているのだ。久しぶりの、心から望んでいた再会である。無事をもっと確かめたかった。それでも私を情けないとい うのか。赤い彗星がなんだというのだ。あの頃の私には自分以上のものは何もなかったのだ。
アムロの考える事が解らない。言っている意味が解らない。 
私の気持ちを解れとは言わない。だが、身を案ずるこの心だけは知って欲しい。それなのになぜこうも空回りばかりする。
ブライトだと?ブライトとの付き合いがなんだというのだ。お前の全てを知っているのはこの私だぞ!!

(アムロの強情っ張り!!)

無機質な壁の取り囲む殺風景な部屋の片隅で、シャアは荒ぶる心を持て余していた。






 * * * *






飛び出したまでは良かったが、自分の部屋だった事をアムロは失念していた。気がついた時には後の祭り。シャアがいるかもしれない自室には戻れず、お気に入 りの格納デッキに立ち寄る気にもなれず、一人になりたかったアムロは人目を逃れてリーンホース の狭い艦内をふらついていた。
時折立ち止まっては気配を探る。しかしアムロの良く知る伶俐な気配を身近に感じる事は出来なかった。

(ああ、俺ってばなにやってるんだ!!)

気がつけば繰り返しそんな事ばかりしている自分がいた。

(どうでもいい時には現れるくせに‥‥‥)

そしてまたもや自己嫌悪に陥る。

(シャアのわからず屋!!)

シャアが実際どんな気持ちで事に当たっていたのか、アムロにも全く分からないわけではなかった。
彼はその言動から冷たい人間と思われがちだが、それは違う。深いところを突いてくる彼の言葉は飾らず、知ればそれが暖かい事に気付くだろう。
ずっと追いかけてきた男だった。
仲間と共に生き延びるため、一度は倒そうとした相手でもある。自分の前に立ちはだかる彼はいつも自信に溢れ、颯爽としていた。そんな彼をいつしか越えたい と思っていた。ララァを戦場に引き入れた彼を赦せなかった。地球の重力下での短くはない歳月が、アムロに考える時をくれた。再会して少し彼を知った気がし た。
その本質に触れ、惹かれた。
シャアは何も言わないが、同行していたエマ中尉の話によると、彼はいち早くティターンズの手から逃れたにもかかわらず自ら投降したらしい。
プライドを曲げてまで、そんなことする必要がどこにあるんだよ。自分の身の危険はどうでも良いと言うのか。

自分がシャアの立場だったら‥‥‥‥。

同じ事、しただろうな‥‥‥。

ぽつりと思う。
それでも納得出来ないことがあるのだ。

『赤い彗星ってたいしたことないんじゃないのか』

ティターンズの若いパイロットたちの、あざ笑う声が今も耳に残る。己を殺して負けて帰る姿に刺さる白い目。シャアの割り切ったそれが大人 で、自分のこの思いがたとえ子供じみたものだったとしても、わかっていても悔しいじゃないか。それで助かったとしても自分は、喜べない。
(そりゃ、カミーユ達を撃ち落とせとは言わないけど‥‥)

それはそれで問題があるのだが‥‥‥。そして新たなジレンマに陥る。
気にかかる事があるとのめり込むタイプだった。性格がぼーっとしているわけではないが、どこかのほほんとしていた。  
アムロは自分に没頭するあまり前を良く見ていなかった。
アムロが歩く数歩先が90度の曲り角で、その角の先に人がいることなど全く意中になかった。

「!!」

「うわっ!!」

正面衝突の激しい衝撃で、倒れたのはアムロのほうだった。
そしてアムロに尻餅をつかせ、持ち前のバランス感覚で転倒を免れたのはカミーユだった。

「ち‥っくしょう‥誰だっ!‥‥って。アムロさん??」

相手がアムロと知り、慌ててカミーユは床に座るアムロに駆け寄った。

「す、すみません!!俺、考え事していて。お怪我はありませんか!?」

「ああ、うん。すまない。カミーユこそ大丈夫かい?」

どうみても大丈夫じゃないのは、カミーユを心配するアムロのほうだった。手を差し出したカミーユに助け起され、倒れた拍子に乱れた衣服を整 える。
俺も考え事をしていてね、そう言いながらバツが悪そうに笑ってみせるアムロは、どこをどうみても『白い悪魔』我らがエースパイロットには見えなかった。
そんなアムロの姿にやれやれとカミーユはため息をついた。

「ニュータイプといっても、俺もアムロさんもこんなところは普通の人と変わらないんですよね」

ニュータイプと呼ばれる二人が二人とも気付かなかったなんて。
カミーユの言葉にアムロは思わず笑ってしまった。ニュータイプを兎角人は特別視したがるが、彼の言う通り結局は只の人間なのだ。自分と同じ思いをカミーユ もしていたのかと。

「それでアムロさんはどちらに行くつもりだったんですか?」

「え?あ、ああ。ブライトにね。ちょっと相談したい事があって」

「ブライト艦長なら俺、今会ってきたところですよ。ブリッジにあがるとか言ってましたけど、急げばまだ捕まると思いますよ」

「じゃあ急いだほうがいいかな。ありがとうカミーユ」

「いえ。それよりアムロさん、前気をつけて下さいね」

大の大人に掛ける言葉ではなかったが、思わず声を掛けてしまう。
そんなカミーユにわかったと返事をすると、アムロは次の曲り角へと姿を消した。
カミーユはアムロの遠ざかる後ろ姿を、名残惜し気に見送った。
急ぐほどの用ってなんだろう。急ぎでなければまだプロットの段階だが、モビルスーツの駆動システムで思い付いた事を相談したかったのに。
世情はまたもや怪しい気配をもちつつある。戦いとなればまた自分は最前線に立たなければならない。沢山の犠牲を払っているにもかかわらず、変わらない世界 に苛立つ。それでもアムロ・レイ。あの人と一緒にいられるのなら。

(アムロさん・・・・・)

遠ざかる彼の太股と小さなお尻に目がいってしまうのは、思いを寄せる男としての性だろう。許して欲しい。
さりげなくだが腰に手を当てていたのは、倒れた際の打ち所が悪かったのだろうか‥‥‥。










一方カミーユと別れたアムロは、どうしたものかと悩んでいた。ブライトに相談なんて嘘である。行き先を聞かれてとっさについてしまったのだ。シャアにしろ カミーユにしろ、ブライトの名はアムロにとっていつの間にか免罪符のようになってしまったらしい。
思えば不思議な縁である。ホワイトベース時代、口喧しく神経質で、なにかと自分を冷たくあしらっていたあのブライトが、いちばん付き合いが長いだなんて。 妻子持ちとなって随分と落ち着いてしまった感のあるブライトは、アムロにとって今では頼もしい同志だ。

(不思議といえば‥‥‥)

その最たるものがシャアかもしれないな。
あれ程こだわっていた赤い彗星と、これほど長く寝食を共にしているのだから。シャイアン居留地で出会った時も、驚き過ぎてかえって冷静だった気がする。そ して今ではどうだ。自分と彼は‥‥‥。

「‥‥‥‥‥」

アムロは自分で思い出したにもかかわらず、瞬時に顔を赤らめた。昼間から何を考えているんだと自分を叱咤する。しかもたった今、喧嘩をして 飛び出してきたのではなかったか。ああ、飛び出すなんてなんて子供じみた事をしたのだろう。
そういえば、自分は何かとんでもない事を口走ってしまったような‥‥‥‥。

「別れるって‥‥‥」

言わなかったか?

「‥‥‥‥‥‥」

ちょっと待て!
いつから俺達そんな関係になったんだ!?
確かに関係は、ある。でもそんな別れるどうのといった間柄では・・・・ない。
くらっ‥‥‥‥。

(目眩がしそうだ‥‥‥)

通路に人がいないのが幸いだった。きっと今の自分の顔は見れたもんじゃない。

(‥‥‥‥ガンダムの改造費の相談でもしてくるか)

冷静になるためにもどうやら自分には気分転換が必要らしい。
そしてアムロはよろよろと、ブライトの部屋へ向かうのだった‥‥‥‥。





後 編


SRWα外伝ネタ
そして以前に書いた「花が咲く」の
その後のお話。