そして再会 その後
カタパルトデッキから黄金の輝きをきらめかせて、クワトロの百式が飛び出していく。その後に続くのはエマ中尉の乗るスーパーガンダム。
二人ともアレグ基地ではアムロ達を人質に、ティターンズに協力を強制されていた仲だ。その一件で互いの信頼も増したのだろう。最近クワトロと行動を共にし ているのは彼女だった。中尉の努力しようと努める日頃の姿勢も、クワトロの目に好ましく映ったにちがいない。戦力としてはまだまだ心細さがつきまといはし たものの、自身の努力とクワトロの指導で、彼女は着実に力をつけていた。
エマ機に続いてニ機、三機と後続機が飛び立つのをアムロは見送った。今日の編成はかなり小規模なものだった。偵察を兼ねての慣熟飛行のためだ。そのため戦 闘時なら最後尾につくはずのアムロは今日は待機にまわされていた。
それでもアムロはいつでも出撃出来るよう、νガンダムのコクピットハッチの側に佇んでいた。準出撃パイロットは待機ルームにいるのが常だが静かな部屋でた だ待つより、クルーたちの喧噪で溢れるデッキの方が気が紛れて良かった。
指揮官クラスの自分がこうして何かと自由に行動出来るのも、元ロンド・ベルの緩やかな規則体勢を、そのままこの艦が引き継いでいるおかげだろう。アムロと 同じく待機組のカミーユは、同じく待機中のファとZの側で話し込んでいる。
エマ中尉を見ていると、アムロは時折かつて自分が憧れた女性を思い出した。凛々しさの中にも女性らしさを失わないショートヘアの彼女は、今も補給部隊の要 としてミデアに乗り、北南米近郊を巡回してまわっているのだろう。
そういえば軟禁生活を送っていた自分に会った事が、ロンド・ベルに入るきっかけになったと、以前エマ中尉が話してくれた事がある。彼女の記憶はアムロには ないのだが、その頃の精神状態を理由に忘れてしまったというのは申し訳なく、だが正直に伝えると、気にしないでくれと笑って赦してくれた事があった。思い やりもある女性だ。
女性の好みを話したことはないが、中尉のような女性がクワトロの好みなのだろうか。以前付き合っていたと噂のあるレコア中尉もどこか似たものを持ってい た。そのレコア中尉は今はもういない。「お前との付き合いもまた長くなりそうだな」
アムロは傍らに立つ愛機を見つめた。それは決して良い事ではないのだが、自分の分身ともいえる機体を見ていると、不思議と安堵が寄せてく る。
その時アムロの全身を殴りつけられるような衝撃が走った。「ッ‥‥!」
不快感に思わず顔を歪め、崩れ落ちそうになる身体を手すりを握る事でしのぐ。
焦燥と怒りのプレッシャーがアムロを襲った直後、デッキ内がにわかに騒々しくなった。間をおかずして戦闘配備の警告音が鳴り響き、ぴりぴりと緊迫した空気 がたちこめる。待機パイロットをカタパルトデッキへと誘導するアナウンスが艦内に流れた。『何があった!!』
この不快な思念は!!
アムロはνガンダムのコクピットに乗り込むと、全ての通信回路をオンにした。
『──ティターンズの増援部隊』『──待ち伏せ』『──損傷』そんな言葉が、ブリッジやパイロット達の回線を通してアムロの耳に届く。その中からアムロは クワトロとブライトの会話を拾い出した。『──システム系統に異常が出た』
電波妨害のひどいノイズに混じって、クワトロの声が聞こえた。冷静に聞こえるがよく聞けばその声は硬い。
『──パワーダウンしてるだと!?』『──アストナージに回線をまわせ!!』『──どういう事だ!』次々と繰り出される言葉の往来。その回 線に突然聞き慣れない声が割り込んだ。
《──はなから信用していなかったって事さ──》
いや、人を小馬鹿にしたようなその声を、アムロはアレグ基地で嫌というほど聞いていた。
「ティターンズか!?」
それはティターンズからの回線だった。
《──なあに、壊したわけじゃない──こんな事もあろうかと、少々機体をいじらせてもらっただけだ。──安心しろ、狙うのはコクピットだけ だ。機体はこちらで回収させてもらう──》
そしてアムロは悟った。
ティターンズは時間をおいて機体に異常が出るよう、百式のメイン回路システムに細工したのだ。『──トラップかっ』
回線の向こうで味方パイロットの誰かが呟いた。
『──卑劣な』
クワトロの声だった。
《──戦いは勝てばいいのさ。そうだろう、赤い彗星──》
そして勝ち誇った嘲笑を最後に唐突に回線は切られた。
ティターンズはクワトロが留まろうが留まるまいが、用済みと見たあかつきには事故に見せかけ撃ち落とす算段だったのだろう。(クソッ。どうすればいい!)
ティターンズの卑劣な行為に歯噛みをしている間にも、味方機被弾の報告が次々と入線する。クワトロの百式を含めても、出撃しているのは僅か 数機。ホワイトアークも被弾したとなると要の百式が制御不能の今、味方機全滅は時間の問題だった。
アムロは艦長直通回路を開いた。「ブライト出るぞっ」
『──待てアムロ!!νガンダムはまずい』
「ちっ」
思わず舌打ちする。
だが焦燥感といい知れぬ不安感に苛まれる心とは裏腹に、アムロのクリアな精神も同じ事を告げていた。もし本当にトラップだとしたら、ティターンズに一時収 納されていた機体は全て細工があると疑うべきだ。もちろんアムロのνガンダムも例外ではない。アレグ基地脱出後、たとえアムロ自身の手で整備をしたといっ ても、ティターンズはアストナージをはじめ、プロの整備士の目を誤魔化したのだ。もう一度隅々までチェックしなおさなくてはならない。『──そうだ、アムロ。君は待機していろ』
「なにを!!」
アムロとブライトの会話に割り込んできたのはクワトロだった。今も集中砲火を浴びているだろうにも関わらず、諌めようとするクワトロの声 に、わけもわからずムラムラと怒りが立ちのぼる。
「だったらνガンダム以外ならいいんだろう!!」
冗談じゃない!!そんな思いと共にアムロは怒鳴ると、愛機のコクピットから飛び出した。使える機体はないかと、発進準備中のモビルスーツに 素早く目を流す。そして蒼白の表情のファの前を横切り、彼女が乗るはずだったメタスのコクピットに乗り込んだ。
「ア、アムロさん!?」
「ファ、すまない。カミーユ援護を頼む!!」
「は、はいっ」
すでにZのコクピットに乗り込んでいたカミーユの声が、ハッチの閉じられる音に掻き消える。
メタスはνガンダムと比べれば圧倒的にパワー落ちするが、回避率、移動力の高いモビルアーマーに変型すれば、防御面での問題はほぼ解決される。低い攻撃力 も技術力でカバーしてみせよう。あとは囲まれた百式にいかに近付き、味方救援が追いつくまでの間、百式と味方機のパワーダウンを補えるかだ。『待て!!アムロ!!出撃許可はまだ出ていない!!』
叫ぶブライトの声をあえて無視すると、アムロはカタパルトに脚をかけた。
ハッチは開いている。
アムロを止められる者は誰もいなかった。「アムロ、出る!!」
アムロ率いる気力を上回る増援部隊の前に、ティターンズのモビルスーツ部隊は圧倒的な数にもかかわらず、抗う術なく次々と撃墜されていった。
* *
戦いの終結後、リーンホース の格納ハッチに損傷の激しい順に機体が回収されていく。
最後に辿り着いたアムロはメタスを整備士の手に委ねると、一足先に格納された百式を探した。見つけた時には百式の周りにはすでに消化班と整備班が駆け付 け、装甲を剥がし始めているところだった。
ひと言言ってやろうとクワトロを探せば、百式の足下で彼は心配するクルー達に囲まれていた。その中にはエマ中尉の小柄な身体も見え隠れしていた。当のクワ トロはというと、いつもの様子と大して変わらないように見える。
クワトロを取り巻く人の数は決して多くはないのだが、行き難さを感じたアムロは踵を返した。気が立っている自覚もあり、落ち着いてから出直そうと思った。「アムロ」
だがアムロが去るより早く、クワトロの方が彼を見つけてしまった。呼び止められ、やむなく振り返る。
思い起こせばブライトの、そしてクワトロの言葉を無視して出撃したのだ。アムロも言いたい事はあったが、彼自身も何を言われるか分からない。クルー達から 離れ、近付いてくるクワトロにアムロは身構えた。
そのアムロの目の前にすっと手が差し出された。「‥‥‥‥」
見上げた先のクワトロの顔には、何故か充実の笑みがある。
無視するわけにもいかず、躊躇いながらもクワトロの手を握ると、その手はすぐに強い力で握り返された。「ありがとう。助かった」
「・・・ああ」
クワトロの『ありがとう』そのひと言に、満たされる自分をアムロは感じた。
「当分百式は出せんな」
クワトロの視線を追いかけ、アムロも百式に目を移した。
敵が嬲り殺す気でいなければ、今頃百式は修復不可能なほど破壊されていたかもしれない。だが機体が百式で、操縦者がクワトロだったからこそ、ここまで持ち こたえたとも言える。出撃時光輝いていた百式の機体は、敵の集中砲火を浴びていたるところ破損し熱に溶解していた。左手に握る敵から奪ったらしいシールド は、すでに原形を留めていない。
パイロットから民間人まで、多くの人の死をアムロは見送ってきた。だが百式の惨状に改めて愕然とする。アムロがひと足遅ければ、クワトロは、いやシャアは 確実にその見送る中に入っていたのだ。「それだけ憎まれているのだろうな」
まるでアムロの心を読み取ったかのように、そして自嘲気味にクワトロは口を開いた。
「‥‥‥あんたこそ、俺がいるからって気を抜いてるんじゃないだろな」
百式を見上げていたクワトロは、唸るようなアムロの声音に訝しげに彼を見下ろした。
「あんたを失ったその後を、誰かが埋められると思っているのか?」
「‥‥‥‥」
「だとしたらあんたこそ自分を知っちゃいない。この前といい今度といい、いいか今度情けない真似をしてみろ!俺が打ち落としてやる!!」
アムロは一気にまくしたてると、文句があるかというようにクワトロを睨み付けた。珍しいアムロの怒声にまだ近くにいたクルー達が目を向け る。しかし今のアムロはそれすら気にならないようだった。
「は‥‥‥。それは恐いな」
「当たり前だ。それだけの事をあんたはしたんだからな。これ以上俺にあんたの心配をさせるな!!」
そんなアムロをクワトロは食い入るように見つめた。
(‥‥‥アムロ)
クルー達から労いの言葉を受けている時だった。すらりとした白い姿が現れ、一瞬躊躇した後離れようとする姿が映った。それは白いノーマル スーツに身をかためたアムロだった。
その姿を見つけた時、自分の心が高揚し、震えたのをクワトロは感じていた。νガンダムは味方にとって、心の拠り所ともいえるひとつの象徴だ。そのνガンダ ムは現れなかった。だがアムロが来てくれた。それはクワトロにとって何よりも心強い味方だった。アムロはいったい自分が彼を、どれほど必要としているのか 知っているのだろうか。「肝に命じよう」
だが、それは今は言うまい。
醜い嫉妬すら引き起こすこの思いは、自分の手に負えないほどすでに迷走している。「俺をここまでその気にさせたんだ。逃げたら撃つからな」
アムロの子供のような言い分に、弾む心をクワトロは押さえ込んだ。そしてわざと冷静な素振りを見せる。自分がアムロを求めるように、もっと アムロが自分を望むように。
「望むところだ。だがその前に・・・・」
そしてクワトロはアムロに顔を寄せた。
熱く耳もとで囁けば、口をぽっかりと開けたアムロはひと呼吸して盛大に頬を染めた。
「ブライト艦長!!これはどーゆー事なんですか!?」
今にも掴みかからんばかりの勢いで自分にしがみつくカミーユに、ブライトはやれやれと疲れたように頭を振った。クワトロ大尉とアムロが心配 で、トレースにブリッジを任せ降りてきてみればこの有り様だ。二人の大尉は険悪かと思えば妙にほのぼのした挙げ句、クワトロに何を言われたか知らないがア ムロは真っ赤になっている。
そして二人の側をうろうろしていたらしいカミーユは、一部始終を見て爆発しているらしい。(それは痴話喧嘩の後の仲直りというものだろう。それ意外なにがある‥‥‥)
ニュータイプでない自分の声が、果たしてカミーユに届くかどうかはこの際関係なかった。
「俺は、俺は、俺は認めませ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
カミーユの悲痛な声が艦内に響き渡る。
『今夜、君を待っているよ・・・』耳元でクワトロに囁かれたその言葉は、その日の終わりまでアムロを捕らえて放さなかった。
= そして再会 =
(03.05.03 改稿)クワトロとシャアの使い分け。
これがなかなか難しい。
クワトロ大尉とエマ中尉のコンビにひと波瀾ありそうな、ないような。
アムロが先走りし過ぎるというのは単に私がレベルアップや経験値を
アムロに稼がせたいがためにやっているだけの事。
アムロさんごめんなさい。