少年の時間 4




翌日、カーテンを通して窓から差し込む白い光にアムロは目を覚ました。
何時だろう。
光の強さから早朝と呼べる時間はとうに過ぎているようだ。
ベッドの中で猫のように伸びをひとつ。
温もりが心地よい。
出来ることならとろとろと、ベッドの中でもうしばらく微睡んでいたかったが、浮上してきた意識が起きろ、起きろと騒いでいる。

「‥‥‥あ」

伸びた状態のまま顔をあげると枕元には綺麗にたたまれた制服が置かれていた。
ララァだろうか(シャアがする事はまずないだろう)。もしかして朝早くから店まで取りに行ってくれたのだろうか。

(だとしたら悪いことしちゃったな)

ララァには何から何まで世話になりっぱなしだ。
ベットから降り立つとアムロはカーテンを開けた。
窓からはみだす程の空の明るさと光る緑に目を細める。
ぽっかりと青い空がのぞいていた。どこからか小鳥のさえずりも流れてくる。
今日は天気も良いらしい。
そんな小さな出来事がなんだかくすぐったい。
そういえば‥‥‥‥。
久しぶりに夢を見た。悪夢じゃない。
内容までは覚えていないが、自分とシャアに関わるものだった気がする。シャアが出てきて悪い夢じゃないなんて、なんだろう。
それもとても大切な事に触れたような‥‥‥‥。

「でも夢って大抵そう感じるんだよな」

夢の中ではとても大切だったり理路整然として重要に思えた事も、目が覚めて起きてみると荒唐無稽だったり、魔法が解けたガラクタだったり。

「ふぁ〜〜」

アムロは暖かい光を受けながらもう一度伸びをした。しがみつく眠気の最後の破片を追い払うためだ。
夢の内容は気になるし、喪失感は大きいのは本当の事。でも思い出せないなら仕方がない。もし本当に大切な事だったのならそのうち思い出すだろう。アムロは 夢の内容を追求するのを止めた。
糊の効いた制服はまるで新品同様の仕上がりだった。泥どころかアムロが今まで付けてきた生活のシミ一つ残っていない。WBの当番兵には申し訳ないが彼らで はとても出来ない腕前だ。ぱりっとした着心地が寝起きのアムロの心を自然引き締める。
今日、自分は艦に戻るのだ。
壁に掛かった鏡の中には地球連邦軍の青と白を基調にした少年兵のアムロが映っている。

「まだまだだな」

シャアの颯爽とした姿を思い出し悔しくなる。いつか追いつく事が出来るだろうか。










「おはよう、アムロ。夕べは良く眠れて?」

「はい。おかげさまで」

「そう。良かった」

シャアとララァはすでに居間でくつろいでいたらしい。漂うコーヒーのほのかな香りがそこだけ時間を止めているようだ。

「スカート姿もなかなか似合っていたが、やはりその姿の方が見栄えがする」

「そうですか」

じろじろと見られているわけではないのに、シャアに見つめられるとやはり落ち着かない。青い瞳が笑っているように見えるのは気のせいだけで はないだろう。思い出せない夢の余韻が、アムロの心に甘いものを疼かせる。

「連邦の少年兵にしておくのは勿体無いな」

「はぁ‥‥‥」

アムロの心の揺れを気付いた風もなくその初々しさがまた良い、とかなんとかいつか聞いたような事を言ってシャアはひとりで頷いている。
そんなシャアの姿に心の内でため息をつく。
ついでに「朝から疲れる事を言わないで下さい」と、心の中で言っておく。
まったくどーしてそーゆー事を言い出すんだろなこの人は。
どこまでが冗談でどこまでが本心なのか分からない。ララァは「大佐に優しくされて」とか言っていたけど自分の身にもなって欲しい。それとも他の人の前では また違うのだろうか。
とにかく「赤い彗星のシャア」のイメージは昨日から落ちっぱなしだ。
シャアも1人の人間なんだ、ということなのかもしれないが世の中にはイメージの壊れて欲しくない人だっているのだ。敵ではあるけれどアムロにとってそんな 人物の筆頭がシャアだった。孤高の人。正面からぶつかりたい人。
それなのに‥‥‥‥。

(追いかけるのも考え直した方がいいのかな)

アムロはちらちらとララァに視線を走らせた。しかし頼みの綱のララァは我関せずといった顔で外の景色を眺めている。もう慣れてしまっている のだろうか。長く一緒にいればそんなものなのか。
あーあ。こんな事、誰に話ても信じてくれないよな。
1人だけの秘密というのもなんだか残念だ。

「大佐。朝からテンション高いです」

結局、その場の幕を降ろしたのは昨日と同じくやはりララァだった。
ただ今回はアムロを助けたというよりも、お腹がすいたから朝食を食べようという事らしい。
キッチンの奥に消えていったララァに、もしかしたら我が道を一番に行っているのは彼女なのかもしれない。ぼんやりとアムロは思った。








時間がせまっていた。

起きた頃の高揚感のかわりにアムロは気持ちが沈んでいくのを感じていた。
シャアから言い出される前にアムロから切り出さなくては。
そう思うのに、たったひと言「帰る」の言葉が言えない。それ以外はいつも以上に饒舌だというのにまるで舌を失ってしまったようだ。
アムロは話の糸口すら見つけられず、もくもくと焼きたてのパンを頬張り続けた。

(パンが美味しくて僕は今話が出来ないんだ)

パンに夢中のふりをする。
空気が2人にも伝わったのだろうか、シャアもララァもアムロの帰艦には触れてこない。

(なに、やってんだろ僕)

無為な時間だけが過ぎていく。
アムロは腑甲斐無い自分の心に悪態をついた。
馬鹿みたいだ。
泊めてもらって、ご飯をもらってこれで終わりだろ。なのに後ろ髪を引かれるなんて。

(冷静になれよ)

このまま気持ちの固まるタイミングを計っていたら、いつまでたっても自分は言い出す事が出来ない‥‥‥‥。

「‥‥‥‥‥」

伏し目がちだった顔を、アムロは上げた。
気付いたシャアが問うような視線をアムロに投げる。

「アムロ?」

さぁ、アムロもう逃げられないぞ。

「シャア大佐」

何も考えるな。帰ることだけ考えろ。ここにいたいわけじゃない。
感情の高まりで震える心を、息を吐く事でなんとか押さえる。









ララァがバギーを用意している間、アムロはぼんやりと足元の乾いた土を見つめていた。
シャアもララァも引き止める事なく、アムロの申し出はすんなりと通ってしまった。昨日のことを考えればまるで拍子抜けだ。

(そうだよな。たまたまここが中立コロニーで、泥をかけたのがシャアで被ったのが僕だったというだけだよな)

やはりシャアもララァも自分の事は気にする程の事でもないのだろう。からかわれるだけのちっぽけな自分。
いや、そうじゃない。
きっとアムロを認めてくれているのだ。だから何も言わず見送ってくれるのだ。
傍らに人の気配を感じ、アムロは顔を上げた。
シャアが佇んでいた。
いつからいたのだろう。
今朝まで見えた青い瞳は今はマスクの中だ。柔らかい青い瞳が見えないだけで、随分遠い人に思える。
これが本来の距離なのだろう。

「アムロ。そんな顔しないでくれ」

シャアの手袋をはめた白い手がアムロに伸び頬に触れた。

「子犬を捨てるようでしのびない」

「‥‥‥‥大丈夫です」

なぜ、最後までふざけた事を言うのだろう。そんなことばかり言うから、あなたがそう言う度に僕は泣きたくなるんだ。

「僕も男ですから」

自分はまた戦場で生きていかなくてはいけないのだから。
気にかけて頂いてありがとうございます、そう言って深々と頭を下げる。
最後くらいきりっとしなくちゃ。

「戦場で会う時はお互い敵同士だ。君の無事を祈りたいところではあるが」

「戦争ですからしかたありません」

ふわりとアムロは笑った。自然に笑みがこぼれた。

「アムロ、君は‥‥‥」

シャアが更に口を開きかけた時、正面の道にララァの運転するバギーが現れた。












最後の、二人寄り添う姿が目に焼き付いていた。

運転席から降りたララァにお礼と別れの挨拶を告げようとしたその時だった。アムロはララァの腕に包み込まれた。
それから唐突に離れたと思うとララァはシャアのもとに駆けて行った。
なんの違和感もない一枚の絵。
お礼も別れを告げる間もなかった。

あの中に僕もいたんだ。

昨日の今頃は自分はまだWBにいたというのになんだかそっの方が夢のようだ。
赤い彗星のシャアがいて、ララァがいて、そして僕がいる。
その想像はアムロを愉快にさせた。
そんな情景も悪くはない。




シャアからは別れの言葉しか貰えなかったな。

「他に何があるってのさ」

嫌いじゃなかったからさ。

嫌いじゃないから、その後に続くのは‥‥‥‥?

「‥‥‥‥‥」

アムロは小さく息をついた。







 - 少年の時間 -

ようやく終わりです
ラストは決まってたから変えようがなかったのですが、
ただもっと爽やかな結末だったかと‥