空に笑う










前線からは程遠い辺境の地がアムロの新しい世界だった



空を覆うのは厚い雲ばかりで、昼間だというのに辺りは暗く寒々しい。
屋敷を囲むようにして広がる森は、すっきりとしない沈んだ緑で沈黙を守っている。
(寒いのは僕の心も同じだ)
アムロはそう思った。
万華鏡のように日々彩りを変える空と違って、アムロの心が晴れるという事はない。

「旦那様。お茶を御用意致しました」

「うん、ありがとう」

慇懃すぎるほどの接し方も、ひと月もすると慣れてしまった。
そんな所にも人は時間さえあれば溶け込んでしまうんだな。他人事のように思ったのを覚えている。
『アムロ・レイ』に与えられた広大な屋敷と広大な敷地。
忠実な使用人は外れた行動を起さない限りは自分に良くしてくれた。
ここから出るなということなのだろう。何もするなという事なのだろう。
ここで暮らして半年過ぎた頃、気がついた。



空を見上げる。





(この陰鬱な雲を突き抜けた先には青く輝く空がある。その先に何があるのかも僕は知っている)
情景を浮かべる。記憶を手繰り寄せるのは簡単な事だった。
形のない、ただあるだけのひたすら暗い空間。
その底の見えない世界はあまりにも暗すぎて、こわい。
地球の色の洪水に溺れ、ずしりとした大地の重さを感じていると、この空以上に宇宙は寒々しく、冷たく、そしてアムロという存在を拒絶しているように思え た。
地球の大気は暖かい・・・。遠い昔の温もりに似ている。
だから宇宙がアムロを拒むように、アムロにとっても今の宇宙はあまりにも遠い世界だった。






その宇宙で「来い」と言ってくれた人がいた。
シャア。
赤い彗星。
彼はどうしているだろう。





人が闇を見ずにはいられないように、アムロは空を見上げずにはいられない
空を見上げれば思い出さずにはいられない







いつしかアムロの身体にぽっかりと空いた穴。

シャアが住み着いて出来てしまったものだ。
そっと胸に手を当てれば、身近にシャアの息遣いまでもが聞こえてくる。それはもういまいましいほどに。
目を閉じた。
ひとつ、ふたつ・・・・。
(呼吸をするごとに僕は僕でなくなり僕はシャアに溶けてゆく・・・・)





その手は僕。爪の先までぴたりとあてがい、うっすらと笑ってみせるのはシャア。
赤い軍服に身を包み、暗い宇宙を駆ける。
それはとてもとても心地が良いものだった。
連邦政府の執拗な追跡をかわし、ガンダムもどきの1機をバズーカーでしとめる。そして敵が 怯んだ隙に距離を取る。
彼が、そしてこの僕が。
僕は笑った。シャアはなぜか不機嫌だった。
ああ、そうだ。今はこうしている場合じゃないんだ。
シャアは何を思っている?
時に笑い、時に憂い患う。
袂をわかった妹の幸を自分の分まで願い、浅い眠りの中で夢を見る。
宇宙を現実そのままに駆けている事もあれば、あのアムロ・レイも姿を現わした。
そして夢に起き、寝乱れた髪に指を差し込む。
痛みを伴う夢に歯噛みする。

『アムロ・レイ。あの少年さえいなければララァは死なず、私は私の道を邪魔されずに 済んだ』

宇宙と混ざり合った暗い部屋の一点を見つめる。
厚いガラスに映るのはシャア。
眉間の傷は今も時折苦痛を訴えている。

『・・・・・原因はなんであれ私は敗れたのだ。だが私は必ず戻ってみせる』







現実に引き戻される痛みと、シャアの激しさにアムロはしばらく息を吐く事すらままならなかった。ゴロリと草地に横になり、瞳を閉じて体 を駆け巡る嵐をやりすごす。
風に揺られてさわさわと乾いた音を草が鳴らす。
四肢を通して伝わる大地の揺るぎのない確かさに安堵し、ここが宇宙(そら)ではない事を心と体に認識させる。
そしてうっすらと掻いた汗が風に引き、呼吸が気管を通して楽に出来るようになった頃、ようやく重たい体を起す。
いつもの事だったがこれに慣れるという事はなかった。
けれどもその痛みもアムロがシャアを切り捨てられないのに、自分は簡単に切り捨てられてしまう事を思えばまだましだった。シャアも自分を気にしているのだ と思うと曇りがちの心も少しは気晴らしになる。
自分はそれが嬉しいのだろうか。悲しいのだろうか。それは分らなかった。
ただ一時でも自分が自分でなくなり、シャアに溶けシャアその人になる感覚は麻薬のように甘くアムロを魅了した。

(たぶん、僕はシャアになりたいのだろう)

その思いはまだ漠然としたものだったが、アムロの思考の海をふわふわといつも漂っている。
だから止める事が出来ない。
そしてアムロは今日もシャアになり、飛び続けるシャアに憧れた。
シャアはアムロになりたいだろうか?
ふと、アムロの口から笑みがこぼれた。
なりたいとは多分これっぽっちも思ってないだろう。
アムロ・レイ。なんて可哀想な子供。
出来る事なら僕もアムロ・レイから逃れたいのだから。





あれから2年が過ぎた。アムロも2つ歳を経た






彼は変わっただろうか。僕の事を覚えているだろうか?

『同志になれ』

シャアは、そう言った事を覚えているだろうか。











僕は、過ちを犯した。

そんな僕に「来い」とシャアは言ってくれた。
同じではないけれど、一番僕を解ってくれて・・・・・。
だけど、あんな状況で、あんな言い方されたら誰だって聞けるはずないじゃないか。
あの時のあれは貴方の本心ですか?
ためらいが囁く。

戦いは好きじゃないと。

人を殺さなくては生きていけない世界なら、ここに留まる方がはるかにいい。
僕の場所はなかったし、いてはいけないのは分かっていたけれど、ここには殺される恐怖はない。何もしなければみんな優しくしてくれる。
少なくとも人殺しにはならなくて済む。
最期の時を迎える人の声がどれほど痛いか、いったいどれだけの人が知っているだろう。僕に殺された人達。僕に殺されなかった人達。きっと宇宙に出れば彼ら はダイレクトに僕に襲いにかかるだろう。
それは唯一彼らの声を聞けるのが僕だから。
それに・・・。

死という概念は、歳を重ね経験を経て少しずつ受け入れていくものなのだろう。そうして逃れられない自分の死の準備をする。
なのに僕は準備も整わないうちに、自分の死を見てしまった。

それが、こわい。

果たして逃げたとして僕に帰る場所は本当にあるのだろうか。
僕には迎えてくれる人も分かち合える人もいない。ましてや助けてくれる人なんか。
それがこわい。

「もう嫌なんだ」

殺されるのも殺すのも。
誰もいない部屋で日々怯えて暮らすのは。
だから何もしなければ優しくしてくれるというのなら、与えられた世界で生きていく。
それではいけないのか?

だから、シャア。

「もう消えてよ」

あなたのせいだ。
みんな、あなたのせいなんだ。
みんなみんないなくなれ。





あの頃にはもう戻れない。








だれも僕を
迎えに来てはくれないのか





空に向かって叫ぶ

「人殺しのアムロ以外、必要じゃないのか!!」




あの言葉は本当?




声にならないアムロの声は空に吸い込まれていく
遮るものがなければ、受け止めるものも何もない



もう一度言ってくれたなら




明るいアムロ。
暗いアムロ。
機械いじりが好きなアムロ。
小さなアムロ。
人間嫌いのアムロ。
機嫌のいいアムロ。
ちょっぴり大人になったアムロ。
たくさんいる僕の中から、貴方が必要なのがニュータイプで人殺しのアムロでも。
それでもいいから。







もういちど・・・
だれか・・・














幾筋もの光が雲を貫き天から地上に降り注いだ。
そのうちのひときわ明るい1本が、茶色く荒れた大地とアムロに突き刺さる。
やがて空を見上げるアムロの目の前に
現れる見知らぬMS。
色は赤。
暗い空を、厚く立ちこめる雲を切り裂き、
金色の陽光を纏わせながら。
その手は開かれ、ただ一点を目指す。
アムロは両手を広げた。
そして、虚空をかき抱く。


宇宙(そら)は今、アムロの手の中にあった。






- 空に笑う -

アムロを幸せに、優しくしてあげてと、
心から願ってるんですがまたしても、です。
そして後で「何を書いてるんだ〜」と後悔するのでしょうね。
ちなみにサザビーじゃありません(念のため)
7年の軟禁生活。どんなものだったのでしょうね。
そーいえば「Z」のマンガでは
カミーユがMSでアムロを迎えに現れてたよーな。
立ち読みだったからな〜怪しい(買えば良かった)
次回は甘いお話でいきたいと思うのですが。