素肌に触れるシーツの感触が心地良い。


シャワーを浴びて身体に残る二人の精の乾いた残滓を湯に落 とす。
洗いながら下肢の奥に指を這わすと、アムロは呻きと呼ぶにはいささか甘過ぎる声を出した。
思わず洩らした声にアムロは深い溜め息をついた。
疲れたようにひやりとした壁に身体を寄せる。
シャアのいきり立つものを長く受け入れていたのだ。
そこは触れなくとも過敏になっていた。
シャア‥‥。
アムロの胸の奥からぽろりとこぼれる男の名。








この数日 間、雪の生む静寂が外界から二人を守る白い卵の殻となり、
互いの姿しか見る事が出来なかった。
アムロと シャアの迷いと戸惑い。
その奥底に流れる言葉に尽くせぬ思い。
負は負を呼 び常より際立つ互いの存在は、降り積もる雪のように幾重に重なりあい層をなし、
やがて二人の前に崩れ落ちた。






NO23 K488 2nd Mov:Allegro











どうしようもなくシャアが欲しかった。







シャアの腕の中で目覚めたアムロを捉えていたのは、
そんな空腹とは別の強い欲求だった。
不思議な事 に、雪に降られているこの数日間は互いに求める事をしなかった。
昨日はともかく、それ意外にはむしろあってもおかしくない状況だったというのに。
そんな思いが脳裏を掠めると、ますますアムロの中の欲求は高まった。
すでに夜は明けている。
しかしカーテンの掛かる部屋の薄暗さが夜の帳を引きずっていた。
暖炉の炎の湯のような暖かさも一層拍車をかけたのか、
意識するより早く、身体が先に動いていた。
ほぼ同時に 目覚めたシャアの訝しげな視線を受け止めながら、
奪うように彼の乾いた唇を堪能する。
息継ぎの度に甘い吐息を吐き出す。
受け止めるのはアムロの方だ。
しかし熱情はシャアを襲う勢いでアムロの中に息巻いている。
ソファに座る彼の上から身体を起こし、その足下に跪く。
そしてズボンの前をくつろげ、シャアのそこにアムロは顔を埋めた。
理性が麻痺 を起こしている朦朧とした感覚。
シャアに向 けて迸る熱い情動。
シャアの柔 らかみのあるそれが、やがて熱と硬さを持ちはじめるのを震える舌と唇で感じながら、
アムロは一枚一枚心の帷を剥いでいった。
頭上から降 り注ぐシャアの視線に煽られて一層夢中になる。





途切れ途切 れにシャアが吐き出す感じ入った声を耳にしているうちに、
突然アムロの内に凶暴な思いが芽生えた。
アムロを人 並みという人生から連れ去り、鮮烈な世界に引きずり込んだシャア。
そして抗えない、底なしの蜜の味を教え込んだその証である目の前の存在。




喰いちぎっ てしまいたい、        
       この男の全てを───。





この気持ちはどこから来るのだろう。
誰にも渡し たくないなんて、そんなにも自分はこの男に溺れているのか。

そんなにもシャアを‥‥‥‥‥。







「アム ロ‥‥」
頭上から声 がしたかと思うと、
アムロの身体は不意に力強い腕によって下肢から引き離され、床に組み敷かれた。
身体に慣れ親しんだ重みがかかる。
それだけでくらくらと目眩がした。
熱を孕んだ 双眸が、アムロをじっと見つめている。






「来いよ、 シャア」
その間近に 見える青い瞳に向かって、アムロは微笑んだ。
引き裂くよ うに上着を剥ぎ取られていきながら、シャアの荒々しい愛撫にアムロは応えた。







* * *






嵐が去り、 ひとしきり抱き合って遅い朝を向かえたその日一日、
二人は流れていってしまった大切な時間を取り戻すように、
ふとした瞬間に肩を寄せあい、照れた仕種で相手を確認し合う、
そんな触れ合いを繰り返していた。
その時ばか りはまるで初心な恋人達の過ごす蜜月の時と同じく、ただその甘さに酔いしれた。
しかしシャ アもアムロも触れ合うだけの淡い恋はとうに通り過ぎている。
二人はふと した合間に高まる欲望に流されて、そこかしこで交じり合った。
憑かれたように交互にそれを繰り返しながら、
その一日を過ごした───。







* * *





空から雪の 気配が跡形もなく取り払われたのは、それから間もなく。
二日ほど後の事。
気象システ ムが回復し、本来の春先半ばの季節が戻る。
周囲はまだ深い雪に覆われ、寒さに身を震わせたが、
少しずつ音が溢れ出し全ての色が鮮明となり、周囲に生き物達の息遣いが戻ってきたのを、
長い冬の深い眠りから覚めたような眼差しで二人は見つめた。
鳥のさえず り、
芽吹いた緑が彩る木立の、風に揺れるひそやかな音。
人工の太陽光が雪を溶かし、瑞々しく水の音がそこかしこから聞こえる。
プリズムをまき散らして世界は輝いている。
人丈を越える勢いだった雪は、
除雪車の手も借りて少しずつ姿を消していった。
手を入れる 事の出来ない、庭や森、大地を覆う深雪も、
高い峰を残していずれ跡形もなく、土に溶けてゆくのだろう。
追い掛ける ようにして、シャアとアムロのこの数日間もやがて記憶の小さな断片となり、
ひっそりと眠りにつくのかもしれない。
そして、思い出しもしなくなる。


水は緑を生 む。

眠る記憶も新たな形を育んでいくのだろう。











* * *











一時間したら降りてくればいい‥‥






そう言って先にベットから抜け出たシャア。
その後をアムロはゆっくりと追った。
シャワーを浴びて身体はすっきりとしたものの、倦怠感はまだ拭いきれない。
流しきれなかった熱を抱え込みながら、アムロは階下に降りた。
まだ午前中だというのに、窓から差し込む雪の照り返しの光は眩しすぎるほどだった。
その強さに目を細める。
パンの香ばしく焼ける匂い。入れたての珈琲の濃厚な香り。
そして湯気をくゆらせるテーブルに並べられた皿。
明るい朝にやけに似合っている気がして、アムロは知らず顔を綻ばせた。
そんなアムロにシャアが声をかけた。
「良い夢でも見たのか」
「いや‥‥。でも似たようなものかもしれない」
久しぶりの小鳥の声を聞きながら二人で食事を取る。
「またしばらくは会えないな」
シャアの顔を見つめていられず、アムロは視線をそらした。
遅くとも今日の昼過ぎにはシャアはここを発たなくてはならない。
雪のせいでシャアの予定は大幅に狂っていた。
その後はいつ戻って来れるのか分からない。
「僅か十日ばかりの事なのに、何十年にも思えるよ」
そんな言葉を漏らす。
自分はこの数日間のような生活をシャアに求めているのだろうか。
それは、たぶん違うのだろう。
だがあまりにも濃密過ぎる時を過ごしたために、明日からの生活が分からない。
あと数時間したら、アムロはこの家に一人になる。
望んで選んだ生活のはずなのに、ひどく心が痛んだ。
温もりを知ってしまうと、こんな時辛い。
「アムロ」
シャアがテーブルを回りこみアムロに近付いた。
目線が合うように屈みこみ、指の長い大きな手の平でアムロの片頬を包む。
「やめろよ。センチは嫌いなんだ」
視線を逸らす。そして言いにくそうにアムロは小声で付け足 した。
「当分貴方の帰る場所はここなんだろ」
その言葉にシャアが目もとを和らげた。
「分かっていればいい。当分という言葉が余計だが」













待ってる。
そう言ってアムロはシャアの背中を見送った。




















あくる日アムロの元に手紙が届いた。
訝しげにその封を切ると、中から現れたものに目を止める。
そこには言葉少なくシャアのメッセージが入っていた。
不摂生を戒める言葉と、このカードの裏を見るようにと書いてある。
裏返すと静物の写真。
カップが一つ写っている。
「シャア‥‥」
アムロは微笑んだ。
一緒にカップを買うという一つの課題と、シャアを待つ理由 が出来た。











- CONCERTOS -





雪の炎の終わり方になんとなく物足りなさを感じて作ったお話。
後日談なんていらないなんて声も聞こえてきそうなので、
いらないのに読んでしまったという方は記憶の底に眠らせて下さい。

惹かれ合い、駆引きをし て、抵抗し、抗えずに結ばれる。
そんな男女の恋愛の過程を現代バレエで表現した作品「ル・パルク」。
その最後の場面で流れていた曲。
モーツァルトはあまり好きではないのですが、この曲は好きです。
この話には少しセンチ過ぎますが、
淡々と流れる美しい旋律は話の中盤からラストまでに良いかな〜なんて。