年の初めに
年が明けて、ネオ・ジオンではささやかな祝賀パーティーが開かれることになった。
総帥主催ではあったが、そんな大規模なものではなく、むしろホームパーティーに近い。会場はレウルーラ内のメインホールで、いつもの無機質な姿からは考 えられないほど飾り立てられている。軍内にいる若者やお祭り好きたちの努力の結果だった。
パーティーは概ね平和に行われた。概ねというのは、表面上は和やかだったが、その下に、その手のことに敏いNTとか強化人間と呼ばれる人種なら感じ取っ ているだろう微妙な空気があるからだ。もちろんアムロもシャアも気付いていたが、危険はないと判断して何もしなかった。無礼講ということで下級士官や一般 兵にまで開かれたパーティーだったから、最初から予測していたのかもしれない。
微妙な空気――奇異とか、好奇心とか、羨望とか、そんなもろもろの感情が交じり合った空気の原因は、総帥じきじきに招待されたゲストにある。
簡単に言えば、連邦兵と一般人。
噛み砕いて言えば、ロンド・ベル隊とその関係者である一般人。
つまり、近代戦史に名を残す生きた英雄たちが、一堂に会している、というわけだ。
*
「写真撮って売りに出したらすげぇ値がつくとおもわね?」
本気なのか冗談なのか、判別のつかない顔と声でグレンが言う。元から明るい男であるが、どことなく更に明るくなっている節があるのは、その手の中のもう ほとんど空になったグラスが原因らしい。ちなみに三杯目だ。この際、未成年という突っ込みはしてはいけない。
「不謹慎だけど、ホントね」
グレンと共に壁の花になっているリューイの手にはシャンパングラス。こちらはまだ一杯目で、少ししか口をつけていない。
グレンは軍服だったが(いつもの黒い奴にごてごてとした装飾がついている)、リューイはゲストドレスを着ている。リューイだけでなく、参加している女性 兵のほとんどがドレス姿だ。
ふたりの視線の先には、この場において最も目立つグループがいる。いや、この場にいなくても目立っていただろう。近代戦史にそれなりの知識がある者な ら、気にしないはずがない顔ぶれだ。
アムロ・レイ、シャア・アズナブル、ブライト・ノア。いわずと知れた『一年戦争』の英雄たちだ。連邦の白い悪魔に、ジオンの赤い彗星、そしてホワイト ベースの艦長。
連邦の白い悪魔――もはや崇拝の域に達している男のその二つ名を思って、リューイは神妙な気分になった。敵と味方に別れて殺しあったふたりが、長い時を 経てこうして一緒にいる。
かつては敵だったと言われても、リューイの前に実際に現れたとき、『アムロ大尉』はもう『シャア大佐』の隣にいたのだからあまりピンとこないのだが、そ れでも、自分たちの知らない時代にたくさんの葛藤をしてきただろうことは容易に予想できる。
その周りにいる顔ぶれも、三人ほどには知名度は高くなかったが、コアなファンなら名を出せるだろうと思われた。グレンは別にコアなファンというわけでは なかったが、趣味が趣味なので詳しく、リューイにあっちは誰こっちは誰と説明する。
ふと、リューイはその中に子供がいることに気付いた。自分たちと同年代……というか、クェスと。少年と少女。よく似ているから兄妹だと思われる。さら に、彼らがブライト艦長によく似ていることから、親子じゃないか? とグレンは言った。
一通り動向を見守ってからリューイは視線を動かした。
「あ」
それが、違う場所で止まる。
「フォウ中尉」
「なにぃ?!」
思わず、といったリューイの言葉にグレンが激しく反応した。どこだー! と騒ぐ同居者にあそこ。と答えてやる。視線に気付いたのか、一人の女性がこちら を見、にこりと笑った。グレンは舞い上がった。
紫色の口紅が目を引く。人を選ぶ色だと思うが、彼女がつけているととても繊細な印象になる。線の細い綺麗な女性だったが、彼女もまた立派な軍人だ。NT 部隊で小隊長を務める、ネオ・ジオンのエースパイロットの一人である。
そしてフォウ・ムラサメ中尉は、グレンの憧れの人でもあった。ただ純粋にその美しさに惹かれているらしい。まごうことなきミーハー心だ。リューイがアム ロに憧れるのも(パイロットとしてよ!とは本人の弁)似たようなものなので、ここら辺、ふたりをよく知る人物は「やはり兄妹。」と納得する。
二人が見守る中、フォウはふと視線をどこかにやり、それからぱあ、と表情を明るくした。子供のような屈託のないその表情に、驚いたのはリューイたちだ。
「う、わ……」
思わず声が出た。上司が上司なので慣れているつもりだったが、甘かった。
フォウを見つけて寄ってきた、一組のカップルを見た感想だった。正確にはその片割れ、男のほう。
繊細さと力強さを併せ持った、とてつもない美人だった。背が高く、隣にいる女性とは頭ひとつ分以上の身長差がある。アジア系らしいその女性も結構な美人 だったが、失礼な話しながら、霞んでしまう。それくらいの美貌だ。
「カミーユ・ビダン……」
フォウと女性が抱き合って再会を喜んでいる。それがあんまりにも嬉しそうで、なんだか微笑ましい気持ちになっていたリューイは、グレンの言葉を聞いてい たものの、理解するのにたっぷり10秒はかかった。
「…………なんですとっ?!」
「すっげぇ……どんだけ有名人来てんだよこのパーティー……」
「うは……あのひとが……」
グリプス戦役の覇者。Ζガンダムのパイロット。民間の協力者ということで記録には残らなかったが、それは表の歴史上でのことであってすべてを消すことな ど到底無理な話だ。だから多少の情報はふたりも持っている。たとえば、彼が当時17歳の少年だったこととか――。
「あー……ガンダム乗りてーよな」
かつて自分と同い年だった少年が成した偉業に思うところがあるのか、それともそれが隠された彼の願望だったのか――グレンの言葉にリューイはただ苦笑を 返した。
それからすぐ、ふたりは食事の置かれたテーブルに移動した。リューイは「おせち」というものに興味があったが、それは他の者も同じらしくその一角だけ妙 に盛況になっている。おせちはあきらめてリューイはパスタやローストチキンなどを小皿に持った。
「よほ、ぎゅえい」
「やめろ、きたないから」
いつの間にかギュネイがいる。先ほどの不明瞭な声は、口に肉を頬張ったままギュネイに気付いたグレンの声だったらしい。
「ギュネイ」
食べる? と綺麗な小皿を差し出すと、ギュネイは礼を言って受け取る。そのギュネイがしきりに自分の上着の裾を気にしていて、リューイはそこで初めてそ の部分が濡れていることに気付いた。黒い布地が、そこだけ更に濃くなっている。
「どうしたの?」
「漏らしたのか。18にもなって」
肉を嚥下したグレンがちゃちゃを入れた。
「まあ。18にもなって」
「違う!! ……さっきそこで女の子とぶつかったんだ。で、その子の持ってたグラスの中身が」
幸い量が少なかったので事なきを得たらしい。それにしてはシミの範囲が広いことを指摘すると、水で洗ってきたとのこと。といっても、濡れたハンカチで上 から押さえるという程度らしいが。
「こっちの子?」
「いや、連邦側だと思うぜ。お前と同じくらいで、しかも双子なんだ。そんなの、こっちにはいないだろ」
「へぇ、双子!」
すごいそっくりだった、とギュネイは言った。
「性格は正反対っぽかったけどな。誰か探してたみたいでさ、「ジュドーしらない?」って聞かれた。名前だけ言われてもなぁ」
それもそうね、と笑うリューイの隣で、笑えない男が一人。
「……ジュドーって、まさか、あのジュドー・アーシタか?」
思わず一同が会場内を見回したことは言うまでもない。
ギュネイが一人でうろうろしていたのは、姿の見えないクェスを探してのことだったらしい。健気ねぇ、とリューイは笑う。
「そーいや見えないな。最初は大佐たちの傍にいただろ? どこ行ったんだ、姫さん」
その答えはすぐに明かされた。聞きなれた、リューイを呼ぶ声が聞こえたからだ。
「クェス! わあ、すごい!」
「おー」
「…………(口半開き)」
カタカタと独特の足音を立ててクェスが小走りにやってくる。走りにくそうだと思ったし、なんだか今にも転びそうでリューイはハラハラした。
「綺麗でしょー! ミライさんに着せてもらったんだよ!」
三人の前に来て、クェスはくるりとターンする。きもの、だったか、極東の島の伝統衣装だ。クェスの着る桃色の可愛らしいきものは、『振袖』という種類の ものであると、そばの女性が教えてくれる。ミライ・ノア夫人だった。
クェスは髪の毛も綺麗に結い上げていた。いつもとずいぶん雰囲気が違う。薄く化粧もして、大人っぽい。
「聞いて聞いて、きもの着るときはね、ここが命なんだって」
クェスは三人に背を向けた。芸術としか言いようのない、リューイたちにはどうやっているのか皆目理解不可能な帯が目に付くが、クェスの言いたいところは 別だった。
「ここ、うなじ」
「――――っつ」
誰もが最初は固まった。ぱ…っと華が散る。そして真っ先に復活したのはグレンだった。
「ギュ、ギュネイ!!」
「きゃあ!」
「あらあらあら……!」
「ちょ、ちょっとあんた……っ!」
ギュネイはがしっとクェスの手を握った。クェスはビビって腰が引けている。ギュネイは感無量といった感じで目が潤んでいた。
「ク、クェ「クェス〜〜〜〜〜!!!」
凄まじく場違いに能天気な声が聞こえた。手を振りながら少年が駆けてくる。満面の笑顔。ピンク色のオーラが見える……とは誰の言葉だったか。ミライ夫人 がハサウェイ……と呟いた。
ハサウェイはクェスだけを見つめて駆けていたが、彼女の元まであと2メートル、というところで自分にとって邪魔以外の何者でもない存在に気付いた。ギュ ネイである。
ギュネイとハサウェイの視線がかち合った。その瞬間、ふたりの間に限りなく感応に近い現象が起こった。二人はお互いを理解した。誰よりも深く、お互いを 理解しあった。
―――――――こいつ、敵だ。
「なんだよ! おまえ! その手を放せッ!!」
「おまえこそなんだ! 俺とクェスの問題だ! 部外者は引っ込んでろッ!!」
ひと目でお互いを運命の敵と悟ったふたりは舌戦を開始する。クェスは間に挟まれて呆然としていたが、やがて我に返ると隙を見て逃げ出し、リューイのもと に避難した。
突然始まった騒がしい余興(本人たちが本気でも、傍から見ればそれ以外のなにものでもない)に人が集まってくる。その気はなくても注目を浴びてしまう事 態にギュネイとハサウェイを除いた一同は居心地の悪い気分になった。まして、さっきから名前を出されているクェスなどは真っ赤になり、リューイにすがり付 いて顔を隠してしまう。傍から見れば抱きつかれているような姿に、リューイの肝は冷えた。舌戦はエスカレートしている。二人のテンションも上がる一方 だ。……今気付かれたら、わたし、きっと殺される。
リューイはクェスを連れて人の輪の外に脱出した。
「クェス、リューイ、何だ、この騒ぎは」
出たら出たで今度はシャアにつかまった。かくかくしかじか。リューイが説明すると、シャアは眉間を押さえた。隣でアムロが苦笑する。
「やっぱ駄目だったか」
二人の斜め後ろで、ブライト・ノアが肩を震わしていた。反対側では、大きくため息をつくナナイ・ミゲル。
「……頼めるかな? ブライト艦長」
「ええ、しつけは親である私の役目でしょう。せっかくのパーティーを台無しにしてしまって申し訳ない」
「いや、こちらにも非はある。ナナイ」
「はい、ギュネイは私が」
二人は輪の中心に向かっていく。背後から迫るただならぬ気配に、人の壁は自然ふたつに割れた。そのさまを、リューイはどこぞの神話のようだと思った。そ して。
「ハサウェイ! なにやってんのッ!!」
「…………ギュネイ、そんなに再強化されたいか?」
落雷。
*
シャアがシャワーを浴びてでてくると、湯上りの濡れた髪のまま、アムロがベッドの上でノート型のPCを開いていた。
「風邪を引くぞ」
「んー」
生返事のアムロは楽しそうだ。ディスプレイを覗くとフォト画像があった。今日とったデジタル写真を眺めているようだった。何人かが手分けして撮った写真 だ。膨大な量があったが、関係者に限定して送るよう指示していたので、実際は全体の四分の一程度だ。
「楽しかったかい?」
「ああ。久々にみんなに会えたし」
クリックして画像が変わる。カミーユとファとフォウだ。
「本人たちに直接おめでとうも言えたし」
カミーユとファは婚約した。シンプルなリングを薬指にはめたファと、自分のことのように喜んでいたフォウ。
次に、一体いつ撮ったのか、口論するギュネイとハサウェイ。ギュネイは鼻から赤い筋を作っている。どうしたんだとリューイに聞いたら、「若さって奴で す」という答えが返ってきたのを思い出した。と、シャアの手が伸びてきて次の画像にしてしまう。むすりとした表情に、アムロは笑う。
どれだけ時を経ても、変わらない懐かしい顔ぶれ。残念だったが、セイラだけは来れなかった。仕事の都合かもしれないし、あえてそうしたのかもしれない。 ただ、ミライ経由で手紙を渡されただけだった。内容はアムロも知らない。シャアもなにも言わなかった。
若い少女たちの写真が出てきた。クェスと、リューイと、チェーミン、そしてプルとプルツー。いつの間にかすごく仲良くなっていて、じゃれあいながら写っ ている。
カミーユとジュドーとグレン。グレンの緊張した表情をアムロは少し意外に感じた。
ノア一家。理想の家族を形にしたら、こんな形になるのだろう。あの落雷の直後だったから、そっぽ向くハサウェイがちょっと涙目なのはご愛嬌。
それから、アムロとシャアと、振袖姿のクェス。ノア一家と比べると、やっぱり少し見劣りするかもしれないけど。
「幸せだよな、負けないくらい」
「もちろんだとも。……さあ、もういいだろう」
電源を切って、PCはサイドテーブルへ。
「…………すんの?」
のしかかってくる身体にアムロは問うた。
「したいだろう?」
首に腕を回してくる身体に、シャアは答える。
「そういえば、姫始めか」
「ああ……そうだな。なにかと忙しかったしな」
「…………今年もよろしく」
「………………これからも、だろう?」
それもそうかと笑って、まずは、キスをひとつ。
- 年の初めに -あなたはどちらを応援しますか。
ギュネイ?それともハサウェイ?(笑)
「そらがもえるひ」の綾瀬様からお年玉小説をいただきましたvv
抱き枕といい貰いっぱなしなのでいつかお礼を返したいものです。
ネオジオン・クェスというシリーズ(?)が綾瀬様のサイトにはあるのですがその設定世界のお話です。
原作とちがって明るく幸せなお話ですvv
この続きもいただいているのですが、そちらは大人向けなのでこちらにはありません。ごめんなさい。
綾瀬様ありがとうございました!!