シャアさんちの抱かれ枕





 いつも通る道に、横に逸れる細い脇道がある。
 ある日のことだ。
 そこをなんとなく曲がってみて、なんとなく進んでみて、そうして見つけた小さく瀟洒な骨董品店。
 その店に入ったのは単なる気紛れだった。
 なんということはない、ただ、暇だっただけだ。

「いらっしゃいませ、10,000人目のお客様」

 私を迎えたのは、チョコレート色の肌をしたエスニックな雰囲気の少女だった。
 翡翠色の瞳が印象的な、なかなかの美人だ。
 あと10歳年上だったら間違いなく声をかけているのだが。
 それにしても、10,000人目とは凄い数だな。
 この手の店なら冷やかしも多いだろうに、いちいち数えていたのだろうか。

「ララァ……これ?」

 少女――ララァというのか――彼女の隣には男がいた。
 赤茶色の巻き毛をした、琥珀色の目の男だ。
 恋人だろうか?
 優しげな風貌は人に好印象を与えるのだろうが、私は初っ端から嫌な気分になった。
 人を「これ?」なんていって指さして、あまつさえこの上なく嫌そうな顔をしているのだ、それも当然だろう。

「もう、失礼よ。それにどんな人でも文句は言わないって約束だったでしょう」

 いや、君も充分に失礼だよ、ララァ。

「約束は約束よ、我慢して頂戴、アムロ」
「えー?」
「どこが嫌なの? “スキ”そうなところ?」

 男はアムロというらしい。
 アムロとララァは客である私をほったらかしてなにやら話し込んでいる。
 なんなんだ、いったい。

「……しょーがないなー、わかったよ。行く」

 私はしょうがなくないし、まったく分からないのだが。
 とにかく、話し合いは終わったらしい。
 アムロは私の方をじっと見て、穴が開くほどじっと見て、一瞬目をぱちくりし、それからようやくにっこり笑った。
 …………。
 な、なんだ、どうしたんだ、いきなり動悸が始まったぞ?

「あんた、名前は?」
「シャアだ」
「ふぅん、歳は? いくつ?」
「34」
「おじさんだね」

 ……ほっといてくれ。

「俺はアムロ、歳は29。見た目だけだけど」

 意味はよく分からないが、とりあえず見た目も29歳には到底見えないぞ、君。

「とりあえず、今日からよろしく、ご主人様」

 そう言ってアムロは頭を下げた。
 仕事柄下げられたら下げ返してしまう……って、なんだって?!

「アムロはこう見えて抱き枕なの。うちの商品よ」
「だ、抱き……ッ?? というか、今持ち合わせが!」

 ええい、何を言っているシャア・アズナブル! そうじゃないだろう!

「お金は要らないわ。10,000人目のお客様への、当店からのプレゼントだから」
「そーゆーこと」

 い、いや、あのだな。

「あ、なにか買っていってくれるなら嬉しいわ。ふふ、特別な日だし、お安くします」
「これなんてどお? 似合うと思うけど。半額でも100万するけどさ」

 ちょっと待ってくれ、頼むから。

「あ、それは駄目よ、呪い殺されちゃうわ」
「そっか。じゃ、こっち?」

 おい、君たち!

「それも駄目。毎夜足元に首のない男の人が立つから」

 ……頼むから人の話を聞いてくれ。
 ……それと、品揃えにかなり難があるぞ、この店は。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
「じゃーねー、ララァ、また遊びに来るからねー♪」
「大事にしてあげてくださいね?」
「あ、ああ……」

 結局。
 ほぼ無理矢理買わされた「サファイアで飾られた純銀製の自分の死に顔が見える手鏡(参拾萬円也)」を持って私は店を出た。
 隣にはアムロ。
 どうやら本気でついてくるつもりらしい。

「……本当にいいのかね?」

 家路につく途中、私はアムロに聞いてみた。

「なにが?」
「君が本当に作り物かは別としてだ、他人の、しかも男の家に、その……」

 アムロは一瞬きょとんとして。

「いいんだよ、シャアだから」
「なんだ、最初とずいぶん態度が違うな。ものすごく嫌そうな顔してただろう?」
「そりゃあ、どんな人か判んなかったし……けど」
「けど?」
「今はいい。優しい人だって判ったから」

 それから向日葵みたいに明るく笑った。
 私は思わず言葉を失って、まじまじとアムロの顔を見てしまった。
 アムロはそんな私をじっと見つめ、それから。

「シャアが相手なら、俺、“抱き枕”じゃなくて“抱かれ枕”だね」

 そう笑ってキスをくれた。

「あ、帰ったらさ、あの鏡見てみなよ。自分の死に様って興味ない?」
「遠慮しておく……」

 ふたり、手を繋ぎながら家路を辿る。

「なんで? いいじゃん、凄い死に方するかもよ?」
「あのな……」

 馬鹿なことを言うんじゃない。
 なんだかとても幸せな気分でいるのに、何故わざわざ凹むようなことをしなけりゃならない?
 アムロはしばらく渋っていたが、すぐに吹っ切れたらしい。
 私を見て、満面の笑顔で、言った。

「ま、いいや。帰ったらさっそくえっちしようねー」

 ……やっぱり商品というものはもう少し厳選しておくものだよ、ララァ。






- シャアさんちの抱かれ枕 -

綾瀬さまのサイト「World End」の10000HIT記念のお話。
フリー配布というこのお話を、私はリンク報告と重ねて貰ってきてしまいました(ひどい奴だ)。
このお話は逆バージョンが(そっちが本編)あるのですが、これがまた良くてお気に入りなのです。