ボクの守護天使




子供の頃、かあさんは「私の天使」と僕の事をよく呼んだ。
かあさんの天使。僕は天使。
あれは何年も前の事。
時は過ぎて、僕は今サイド3のドックで巡行から帰ってくる戦艦を待っている。






『なら良い機会じゃないか。人生そうは思い通りには行かないことを、君は今ここで知ったのだからな』

そう言ったのは訓練宿舎の教官だ。
サイド3でも機械好きでそれなりに知られていた僕は、整備士になりたいと思いはしても間違ってもモビルスーツのパイロットになりたいとは思っていなかっ た。
志願していたのは友達のキース。それなのについて行った僕がその日から訓練生だ。間近で見る新型モビルスーツに浮かれていたのがまずかったんだろうか。

「どうした坊主。これっぽっちで緊張なんかしてんじゃねえぞ」

「緊張なんてしてませんっ」

がははと笑う大男に僕はむっとなって言い返した。

「おうおう、随分生意気な事言ってくれるねぇ」

狭いブリッジに野太い笑いが広がる。
配属された部隊に新兵は僕だけだ。
あとはひと癖もふた癖もありそうな連中ばかりで、僕は野獣の巣窟に迷い込んだ惨めな気分を味わっていた。モビルスーツのパイロットはエリートで、洗練され ててスマートな人達だ。そう信じていた僕の夢は跡形なく崩れた。今テレビで人気のパイロットドラマが詐欺なのか、この部隊が詐欺なのか。とにかくむさ苦し くて狭くて怖いし男臭いしで『こんなはずじゃ』とまたまた僕は心で泣いた。僕も年をとったらあんな風になるのだろうか。がははと笑いながら、人前で平気で 股ぐらを掻けるようになっちゃうのか‥‥。
その時奥のドアが開いて上官が現れた。

「諸君。再び君たちの元気な姿が見れてなによりだ。休みは堪能出来たかな」

「「はっありがとうございます。シャア少佐!」」

マスクで顔の半分を隠した赤い軍服の男。それが僕の上官だ。ツカツカと歩く姿は颯爽としていて格好良いけれど、マスクをつけているせいで何 を考えているのか分からないし、勿論風貌もわからない。僕にしてみると怖い存在だ。そんなシャア少佐のブーツの小気味良い足音だけがブリッジに響く。その 足音が僕の前でぴたりと止まった。

「どうやら逃げ出すことはなかったようだな」

クスクス笑いがそこかしこで聞こえる。男のクスクス笑いははっきり言って可愛くないのだけれど。そんな僕に少佐がかけた言葉は辛辣だった。

「言っておくがここは戦場だ。倉庫で泣き言を言うヒマがあるなら、一日でも早くモビルスーツの操縦技術を上達させる事だな」

「‥‥‥‥‥」

みんなの前で昨日の失敗を公表された僕は、恥ずかしさと悔しさに顔をあげる事も出来なかった。
それに倉庫でぼやいていたのをよりによって少佐に聞かれていたなんて。
マスクの下で吊り上がる笑みが悪魔に思えた瞬間だった。








「よう新米。お前はラッキーなんだぜ。少佐についていきゃあいいことがあるからな」

「いいことってなんですか」

僕の傍でコーヒーを飲んでいたヒゲ面の熊のような男が溜息をついた。

「そりゃぁお前、確実に上に上がれる機会が多いってことよ。もっとも生き延びられたらの話だけどな。成果を上げるってのはそれだけ前線に近 いってことだ。気を締めていけよ新米」

「だったら少佐に掛け合って下さいよ。僕だけいつも少佐と組まされるんだから。監視されているようで動けやしない」

「無謀っていうか、お前なぁ‥‥」

「おい新米。シャア少佐直々に見てもらえるなんてそうそうあるもんじゃねぇ。そんな言い方すりゃバチが当たるってもんよ」

「そうよ。おめぇ俺達が代わりてぇくらいだ」

あちこちからそうだそうだと声が上がる。

「僕の身になってから言って下さい。帰艦した後僕だけ目の敵にように少佐のお小言じゃないですか。おかしいですよ。なのに誰も助け舟出して くれないし」

「お前はまだ新米だから厳しくあたってるんだ。お前だって死にたくないだろうが」

「言い方ってものがあるでしょう。昨日だって『私に褒められたいのなら実戦でそれ相応の成果をあげるんだな』ですよ。シュミレーターで一番 だったの僕なのに」

「まあそういうな新米。今日はサイド6に寄るからな。久しぶりに陸だぜ。今夜はいいとこ連れていってやるからよ、機嫌なおせや」

「絶対ですよ。もちろん奢りですよね?」

小さな休憩室に男達の野太い笑い声が響いた。

人間とは慣れるものらしい。

生きてサイド3に戻って来れるだろうか──。戦争からではなくこの環境から。

そう思って泣いて出航して数日。男臭さもむさ苦しさもいつの間にか気にならなくなっていた。どう見ても極悪人を集めた監獄としか思えなかっ た艦内も、今は余分なものを排除した機能美の塊として僕の目にはきらめいて見える。
山から下りて来た野獣とばかり思っていた男達も、話してみると気さくなおじさんや‥‥お兄さん(と言えとこの間頭を叩かれた)ばかりで、通信技師とは同郷 話で盛り上がってしまった。それからみんな見た目よりはるかに年齢が若いと知った時はさすがに驚いたけれど(僕と五つぐらいしか違わない人もいた)、それ さえ目をつぶれば問題ない。世話焼きでちょっと小うるさい大家族のようなものだ。ただ一人を除いては。
シャア少佐。あの人だけは別だ。






みんなのイメージがアップするのと反対に、少佐のイメージは落ちていく一方だ。みんなは少佐少佐と慕って寄っていくけれど、僕にはそれも出来ない。という よりしたくない。
艦を下りる準備をしながら僕はぷりぷりと怒っていた。
大規模な実戦経験はまだ皆無と言っても良いけれど、出発の頃と比べたら僕だって随分上手くモビルスーツを操れるようになってきたんだ。少しくらい褒めてく れたっていいのにさ。

配置ミスがあったらしい。

そんな噂も聞いた事がある。この部隊には新兵の僕ではなく、本当はどこかの戦闘で手柄を立てた凄腕パイロットが来る予定だったらしい。

───それが僕みたいのが来たから、シャア少佐は怒っているのだろうか。

「いいさ、僕だって少佐の事なんか好きじゃないんだ」

嫌ってるのはお互い様だ。






「あの‥‥。これがいい所‥なんですか?」

「いい所って言やぁこれしかないだろーが」

どんっと背中を押されて僕が入った場所は───『バー』だった。いや、これを『バー』と簡単にくくってしまって良いのだろうか。小さなス テージのせり出しにはポールがあって、半裸の女の人がそれに腰を擦り付けるようにして踊っている。

(うっわ‥‥)

「むさ苦しい場所に押し込められていたんだぜ。そりゃぁ楽しまなくっちゃなぁ」

「そうそう。お前だって興味はあるだろ?ってゆーかその年なら体の方がだなぁ──」

‥‥あ、だめだ目眩が。

「今日は酒を覚えて女を覚えて、人生最高の日じゃねーか。しかも俺達の奢りだぜ新米」

そう言って僕の前にあるグラスになみなみとアルコールが注がれていく。僕の抗議など聞いちゃいない。露出し過ぎのナイスバディのバニーガー ルが空になったビンの代わりに新しいのを置いていった。
期待に満ちたみんなの視線がぎらぎらと僕を取り囲んでいた。
いくら慣れたと言っても‥‥‥。

こ、怖い‥‥‥。

「‥‥うっ」

どうやっても、逃れられそうにない‥‥‥。
そう悟った僕は泣きそうになりながらグラスを取った。急性アルコール中毒にならないことを祈りつつ、ヤケクソに身を任せた僕は、そしていっきにグラスの中 味を飲み干した。








どうやら僕はブラックアウトしていたようだ。一瞬なのか長い間だったのか、それはわからないけれど。
目の前に触ってくれというように太股や尻や大きく揺れるバストがあった。自分で動いたのか誰かが動かしたのか、意識が戻った僕はステージ真ん前の席にい た。こんな間近で女の人の裸を見た事がなかった僕は、居心地の悪さにもじもじと体を動かした。だって‥‥‥僕だって男だ。あそこが反応しないわけがな い‥‥。
目の前のダンサーと視線が会った(目の前なんだから当然だ)。僕に何か喋っている。けれどガンガン店中鳴り響く音楽が邪魔をして聞き取れない。もっと近く に来いと言っているのだろうか、子供は邪魔だと言っているのだろうか。僕は声を良く聞こうと身を乗り出した。ぐらりと体が揺れて、床にグラスが落ちた。こ んなはずではと思っている間に体がどんどん傾いていく。

「大丈夫か」

倒れる!意識下でそう思って焦った僕を、後ろから支えてくれる手があった。

「だいぶ酔いがまわっているようだな」

「だ‥‥だぃ‥」

大丈夫と答えようとしてろれつがまわらない。酔いがまわっていると自覚した途端、体に力が入らなくなってぐにゃりとする。支えてくれる相手 の腕がなんだか異様に気持ちが良くて、僕はへらへらと笑った。

「しっかりしたまえ」

相手の声が遠くに遠くにとおくに聞こえた──。
















ふわふわとした気持ちの良い感触の中、僕は目を覚ました。
明かりが眩しい。そして体がだるい。起きようとして僕は挫折した。その時になって自分がベッドに横たわっていると知った。

「ようやく起きてくれたか」

のろのろと声のした方へ顔を向けると、見た事もない若い男が僕を見ていた。四角や岩石や死に神の顔に見慣れていた僕にとって、整った顔はこ の部屋の照明のように眩しかった。
男の手を借りて体を起こした僕の手に、水の入ったグラスと錠剤が渡された。酔い止めだと聞かされて錠剤を口に含むと、水を最後の一滴まで飲み干す。冷たい 水に覚まされてくらくらしていた意識が少し落ち着く。でもまだ体のだるさはとれない。溜息をつくとそのうち治ると男は言った。

「あの‥‥」

「君には刺激が強かっただろう。あのまま倒れていたら、割れたグラスの上にまともに倒れて君は本当に病院行きだった。連れには良く言ってお いたから安心したまえ」

「はぁ‥‥。ありがとうございます」

そうか、そんなことがあったのか。僕は恥ずかしさで胸がいっぱいになった。

「連中はどうせ宿舎には帰らないだろう。君はどうする。そう遠くないから少し休んで帰るもいいし、このままホテルに泊まっていってもいい が。どうせ部屋は余っているからな。私は構わんよ」

「帰ります。御迷惑おかけ出来ませんから」

「そうか」

男は気を悪くした風もなかった。僕はほっとした。

「さっきは随分無茶な飲み方をしていたようだな」

「見ていたんですか」

「ああ。新米兵士をからかう常套手段だな」

「すみません」

「君が謝るのか」

言う言葉がなくて思わず謝ると男はそう言って笑った。男らしいけれど綺麗な笑みだ。急に気恥ずかしくなった僕は視線を逸らした。

「あの‥‥どうして助けてくれたんですか」

「荒れてるように見えたのでね。君が」

「僕が‥‥‥ですか?」

「もう一杯水を持ってこよう」

そう言って席を外した男の後ろ姿を僕は黙って見つめた。



「少佐は僕が嫌いなんです」

「なぜ君はそう思う」

僕は口籠った。こんなこと言ったら笑われてしまうだろうか。でも目の前の男の人はなんでも聞いてくれそうな気がした。

「みんなには声をかけて褒めだってするのに、僕にはいつも冷たくて辛い言葉ばかりだ。頑張ってても兵士として君は失格だとか、だらしないと か、国に帰れとか‥‥散々で。マスクで顔を隠してるのだって卑怯です」

「卑怯なのか?」

「だって‥‥そうでしょう?マスクをしていれば相手に顔はわからない。わからなければ人を傷つけるような事をいくら言っても自分は痛くない でしょ」

「偽りの言葉でも、君は優しくして欲しかったのか」

僕は首を振った。それは嫌だ。嘘なんて言って欲しくない。それでは認めてもらった事にはならない。

「──ずるいです、シャア少佐は」

あなたのせいなのに。
僕が自棄になってこんな事になったのは。そんな風に言われると全て僕の我が儘のようじゃないか。

「戦場ではわずかなミスや甘えが命を落とす。君は私の部隊をまだ良く理解していない。今君を前線に出したら真っ先に死ぬだろう」

「‥‥‥‥」

変な気分だった。
なにしろシャア少佐にけなされて落ち込んでいたのを、シャア少佐自身に慰められているのだから──。
今の僕では死ぬだろう。
みんなにも、少佐からも同じ事を繰り返し言われてきた。そんなことないと反発してきたのが嘘のように、今は少佐の言葉がすとんと入る。
僕は項垂れた。正にその通りだ。生き延びるためには僕はもっと強くなるしかないのだろう。

「少佐は‥‥どうしてあそこにいたんですか?」

「新米兵士をからかう常套手段だと言ったろう。連中の様子が昼間からそわそわしていたのでね」

「僕を‥‥助けに来てくれたんですか」

「君は君で周りが目に入っていないようだったからな。助けない方が良かったかな」

助けてくれたのが少佐で‥‥‥嬉しかった。
けれどそれを口にするのは照れくさくて、僕は首だけ振った。
少佐の指が慰めるように僕の髪を撫でていた。気がついて僕は急に落ち着かなくなった。顔を上げると当然少佐の顔があるのだけれど、その顔を見てどきどきし ている僕はおかしいのだろうか。
どうしていいかわからないでいると、僕のものでない力が加わって、僕の体はほんの少し少佐の方に傾いた。

「あの‥‥」

忘れていた興奮が戻ってくるのを感じた。そうだ僕はあの時女の人の裸を見て‥‥。
僕と少佐の間にはまだ隙間がある。迷った挙げ句僕はその距離を縮めた。

「‥‥男の人。‥‥好きなんですか」

「ん?──勢いに任せて抱いたことなら、ある」

「好きだったんですか」

「行きずりの少年だった」

行きずり──。
そう聞いて、僕の中に嫉妬とせつない思いが同時に湧いた。僕にそんな気はないけれど、ずるいという思いがこの人を誰にも渡したくないと思わせる。
同時に僕もそうやって、行きずりで終わるんですか‥‥?そう問いただしたくなる。

「僕が生き延びていたら、そしたらずっと、──僕の傍にいてくれますか?」

青い瞳が見開かれる。
少佐の唇が僕に近付き子供だましのような慰めのキスを額に押した。けれど僕の心は満足しない。
この人を僕のものに出来るならなんだっていい──。
そして僕は自分からその人の唇に僕のそれを合わせていった。










僕らの住む町には丘があって、見下ろすように教会が建っていた。
子供の頃、かあさんは「私の天使」と僕の事をよく呼んだ。
かあさんの天使。
僕は天使。
教会にはたくさんの僕の仲間が住んでいて、僕はそこが好きだった。
僕の初恋の相手は、淡い髪と青い瞳の綺麗な天使だ。
祝福を受ける子供。与える天使。見守る大人達。僕の初恋の天使は子供の頭上で優しく羽根を広げていた。僕らがそこを離れる頃にはもう教会も絵もなかったけ れど、かあさんの次に好きだった。
嵐に翻弄されたような一時を過ごした僕は、ベッドの中でぐったりとしていた。その時、忘れてかけていた懐かしい記憶を僕は思い出していた。天使とシャア少 佐が重なる。

「ぜんぜん違うのに」

夜の暗い帷から子供を守るように翼を広げていた天使。祝福された子供を起こさないよう、そっと様子を窺うあの優しい天使と比べたら、少佐は 優しくなんてないのに。

「辛いのか?」

体の痛みは確かに辛い。でも僕が辛いと思うのは、朝になれば素顔も心もマスクに隠してあなたは僕の届かない所へ行ってしまうことだ。

「アムロ?」

僕は少佐にしがみついた。こうしていると少佐の体温が僕に伝わってきて、ほんの少しだけほっとする。少佐の手が再び足にかかるのを感じて僕 は体の力を抜いた。





(僕って馬鹿だろうか)

うまく丸め込まれたような気がする。
たった一晩を共にしただけで少佐を自分のものに出来るだなんて、どうしてそんな馬鹿な事を考えたのだろう。
再び出航してしまうと少佐はあいかわらずで僕の事など眼中にないかのようだ。
僕の事は行きずりどころか気紛れだったのかもしれない。そう考えると泣きたくなった。だって僕には初めてで、それに本気だったのだから‥‥。僕の体には少 佐に刻み付けられた痕が内にも外にも残っている。

「新米、出撃するって時にぼうっとしてんじゃねーぞ!!」

「は、はいっ」

また怒られてしまう。出撃命令にみんながそれぞれ配置についていく。出遅れた僕は殺気立ちはじめている艦内の中を慌ててモビルスーツデッキ へと急いだ。その時何かに引っ掛かり、僕は釣られた魚のように薄暗い部屋に引っ張り込まれた。

「少佐っ!!」

驚いて声を上げた僕を少佐が抱きしめた。

「‥‥っんう‥」

唇を強く押し付けられて、甘噛みされる。僕はうっとりとシャア少佐のキスを受け止めた。体が熱くなる手前で解放されて、物足りなさに僕は少 佐を見つめた。

「これで帰ってこなかったら罰則ものだぞ」

「‥‥‥帰ってきたら、褒めてくれますか?」

少佐の口元が苦笑に歪んだ。

「まずは無傷で帰ってくる。それからだな」

怒っている時、嬉しい時、悩んでいる時、顔は見えないけれど少佐の口元はなんて雄弁に語るのだろう。口元だけではない。仕草や気配にそれは 出ている。今になってようやく気付いた。けれどそれ以外の少佐を知ってしまった僕は欲張りになってしまった。

「返事はどうしたアムロ一等兵」

「はいっ」

僕は嬉しくて泣きだしそうになり、慌てて鼻をすすり上げた。
少佐の隣は僕のものだ。
そう新たに心に決めた一日だった。










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裏300HIT 3yama様
『15才アムロを慰めるお話』
裏仕様にするはずが表仕様になっちゃいました。
不完全燃焼になった分、甘々度を高めてみました。
しかしなにが守護天使だか‥‥。
慰めたというより騙しただけの気が。
どっちがより幸せなんでしょうねぇ。
そして3yama様からこの話に素敵なイラストをいただきました!!
是非是非御覧下さいませ。