そして世界は踊り出す


        そして世界は踊り出す



        真昼の明るい陽射しに夜の闇が訪れた。
        一瞬にして、さえずりは止み、草はそよとさえ揺らぐのを躊躇う。花はその頭を項垂れた。

        「この私は随分と嫌われているらしいな」

        彼の人よりも深い闇の声が自嘲気味に笑った。

        「何しにここへ」

        沈黙を決め込んだ世界に凛とした声が光を投げ入れた。
        再び風は靡き始め、花はその面を降り注ぐ日射しに向けた。小鳥の羽ばたきが青い空に舞う。
        アフロディーテは傍らに立ち尽くす男を見つめた。

        「何も」

        ただ・・・、そう言って男は言葉を切った。

        「ただ?」

        途切れた言葉をアフロディーテは紡いだ。

        「なんとなく。そう言えばお前は笑うか。アフロディーテ」

        「あなたが笑って欲しいのなら、いくらでも笑いましょう」

        アフロディーテは身体を僅かにずらした。与えられたスペースに男は静かに腰を降ろす。深い色のゆったりとした法衣が緑の大地を覆い隠した。
        木々の葉を透かして注ぐ陽射しに、僅かに顔を逸らせる。そのたわいもなく、優雅な仕草ひとつひとつを、アフロディーテは黙って見つめていた。

        「太陽は苦手ですか?」

        「その恩恵の多さを考えれば嫌いではないな。苦手かと言われれば、この陽射しはいささか眩しすぎる」

        アフロディーテは膝を抱え、考え込むようにひざ頭に頭を乗せた。目を閉じると風が起す喧噪の世界に、男の微かな息遣いが感じ取れる。ほのかに伝わる温もり が心地よかった。
        彼の人が流れる水、大河であるなら、より明確で力強い光を発するこの男はなんだろう。
        惹かれている自分がいる。

        「サガ」

        気配が動いた。
        目を開け、見つめた先には男の漆黒の瞳があり、アフロディーテの姿がちらちらと映り込んでいた。
        こうしている今もあの人は苦しみに捕われ、心の中に涙を流しているのだろうか。そう思うとアフロディーテは悲しい。しかし目の前の男を憎みきれない自分が いる。

        「貴方が好きです」

        誰よりも、なによりも。
        悲しみの中の彼の人も、この男も。
        好きだった。
        女神よ、私は裏切り者ですか?
        アフロディーテは微笑んだ。
        アフロディーテの名を戴いた時から私はすでに裏切り者なのです。
        いつかこの日が来る事を私は知り、だからこそ私は恐れた。逃げた。だがその日々は、もうお終いにしよう。
        貴女はサガの苦しみを知らず、私の迷いを知る事もない。
        貴女は今どこにいるのですか?
        サガ、悲しまないで。

        「忠誠は誓わない。私は私で貴方に付くのだから」

        アフロディーテは頭を上げると男に身を寄せた。
        身じろぎひとつしない男の頬に手を添え、ほんのりと色付いた唇を男の薄い唇に重ね合わせる。
        唇を甘くはみ、愛しみを込めて舌で愛撫する。
        いつしかアフロディーテは男の広い腕の中にその身体を横たえていた。

        「お前は選んだ」

        背が大地に触れ、草が柔らかくアフロディーテの身体を受け止めた。とりどりの花がアフロディーテを飾る。

        「私は知っていた。お前がこうするだろう事を」

        アフロディーテは影を落とす男をしばし見つめた。そして口元を緩めた。

        「ではご命令を。我が教皇」

        まるでそれが答えであるかのように、アフロディーテは男の身体に取り込まれた。
        口付けと愛撫が深まる中、吐息のように男は囁いた。

        待っていたよ・・・・

        囁きに、心と身体が震えた。









            - そして世界は踊り出す -
            どーも星矢はマンガにしても小説にしても抽象的になってしまいます。
            もちろんはっきりした世界観の話もあるわけですが、
            朧な世界、これが私の星矢なのかもしれません。
            そこから彼らの温もりや吐息、
            風に揺れるひと筋の髪を感じて欲しいと思うのは、
            私の我が儘なんでしょうね。