少年の時間 2
アムロは遅い昼食の後、更にアフタヌーンティーまで赤い彗星にいただいていた。
当日仕上がりのクリーニングに出したのだから、アムロの制服はそろそろ仕上がっているはずである。その制服は所用で出掛けたララァが帰りに受け取ってくる 事になっているのだが、その彼女はいまだ戻らない。
こんなことなら自分で行くのだった。
そう思う度に今の自分の姿を思い出しその考えを打ち消す。下半身がすーすーする。こんな頼りないものよく女の子は平気で着れるなと、アムロは変なところで 感心してしまった。そういえばフラウはよく短いスカートをはいているよな。女の子ってなんだかすごい‥‥‥。
アムロは視線を窓の外に泳がせた。
街のはずれのヴィラである。視線の先には建物よりも緑のほうが多い。サイド7の、建設途中であか抜けなかったコロニー内の造りと比べると、完成されたこの サイド6は都会的で、ところどころ洗練さを伺わせた。そう感じさせる要因となっているのは、大人の余裕を醸し出す目の前の相手、赤い彗星のシャアのせいか もしれない。
何をするでもなくのんびりと過ごす1日。いったい何日ぶりの事だろう。
──中立──
そんな意識もアムロに働いているにちがいない。
だって赤い彗星といるというのに、自分はこんなにくつろいでいるのだから。
お茶を飲みながらの会話といっても、ほとんどがシャアの問いに対してアムロが答えるばかり。それだって内容はたわいない。つまるところ世間一般の『さわり のない会話』というやつだった。その会話も互いに敵対する軍に属しているとあっては自然限られてくるもので、先程から話はあまり進んでいない。
ただシャアもそこは分かっているのか、アムロが返答に窮する事はあえて聞くことはなかった。シャア程の人物ともなれば、少ない会話からも必要な情報を採取 出来るのかもしれない。ふと、そんな考えも頭をよぎったが、末端の自分からどれ程の物が得られるというのだろう。
ただひとつ、両親の事を聞かれた時だけは、どう答えたものか少しだけ迷いもした。母親ともそして父親ともよい別れ方をしなかった。それは今も胸を苦しくさ せる。だが父親の仕事以外は隠す必要もないと思い、アムロは素直に答えた。父は事故で身体を壊し、このコロニーに。そして母は地球にいると。
改めて人に話してみると、自分はなんて遠くにきてしまったのだろうと思う。それが少し悲しい。その全てが目の前にいる男から始まったのだと思うと、複雑 だった。
『あなたのせいでフラウの家族や、ごく普通に暮らしていた人々がたくさん死んだ。僕も、僕の家族も滅茶苦茶になってしまった』
そう言ったところで、赤い彗星が痛みを感じるとは思えない。それに僕の家族はシャアが現れる前にすでに壊れていた。
明日にでもWBは宇宙に出るだろう。
今の僕に出来ることは僕のために今日を生き延びる事、そうアムロは自分に言い聞かせた。「私といるのは退屈かな?」
「いえ、そんなことないです」
アムロは慌ててかぶりをふった。
いったいこの数時間の間に、何度このやり取りを交わしただろう。シャアはアムロが彼から気を逸らす度に同じ事を聞くのだ。どうやら彼はこの状況を楽しんで いるらしい。だがそんなことに気づいたからといってアムロがなにか出来るわけではなかった。
赤い彗星もこの中立コロニーで羽を延ばしているのかもしれないが、もし気紛れでこんなことをされているのだとしたら?(たまらないな)
そんな事を思う。
結局ララァが戻ってきたのは夕方で、アムロの帰艦予定時刻をとっくに過ぎた頃だった。
しかも仕上がっているはずのアムロの制服は手元にはない。店の手違いで仕上がりは明日だという。
待たされた挙げ句の結果に、アムロはただ肩を竦めるしかなかった。目の前でアムロに謝るのは少女で赤い彗星の連れなのだ。怒りの鉾先を向けるわけにも行か ない。きっと道ばたで出会った時点でシャアの申し出を断れなかった自分にも責任はあるのだ。それにしても、これからいったいどうしたらよいのだろう‥‥‥。
WBには一度連絡してあるが、とにかくもう一度連絡を入れなくては。
今度はあのブライト直々の雷が落ちるかもしれないな。あの艦長は女の子には甘い分、男には厳しいのだ。
シャアの軍服を借りる訳にもいかないし、この際ララァの服で戻るのも止むおえない。
お金を借りてどこかで調達しようか。そんな時間をブライトが許してくれたらの話だけど。
やだなぁこの格好。フラウやカイさんには見られたくないな、なんて言われるか分かったもんじゃない‥‥‥。
仕方ないか。2人に帰る旨を伝えよう。
アムロはシャアへの礼もそこそこに、慌てて戸口へと向かった。声を聞きつけて奥から現れたララァに服を借りる事を口早に伝える。
ああ、ブーツは?僕のブーツはどこだ。
見あたらないブーツを探してアムロは室内をうろうろと歩き回った。アムロの後をスリッパのパタパタという音がついてまわる。
そんなアムロを赤い彗星は追ってきたらしい。後ろを振り向くと同時にぶつかりそうになり、避けようとしたアムロは大きくよろめいた。「おっと」
アムロの身体を伸ばされたシャアの腕が支える。
「す、すみません」
シャアの腕の力強さに気恥ずかしさを感じ、アムロは慌てて彼から退いた。
「陽が暮れますから僕、もう帰ります。ほんとにありがとございました。服は明日にでも僕が取りに行きます」
照れと焦りで一息で言い尽くすとアムロは大きく息を吸った。
その様がよほど可笑しかったのかシャアは口元を緩めた。「そう慌てなくてもいいだろう。安心したまえ。君の外泊許可は先程私が申請しておいた」
「‥‥‥‥‥‥え」
一瞬アムロのまわりだけ沈黙が落ちた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。どういう‥‥‥」
焦るあまり頭が働かない。今のは聞き間違いだろうか?
「大佐はお顔がお広いのよ」
アムロの意識が浮上したのを見計らってララァがにこやかに付け加える。その後ろでもっともらしくシャアが頷いていた。
「???????????」
どういうことなんだ??
外泊って、いったい。
それに顔が広いって、ジオンのあなた達がなんで連邦に顔が効くんだ!?
ちょっと待ってよ!!
アムロは慌てて外に飛び出した。
シャアが追ってこないのを見計らって、腕から外していた通信機をポケットから取り出しWBの専用回線を開く。
耳に当てると馴染んだ声が応答に出る。フラウだ。
アムロは冷静を装って、たった今シャアから聞いた話を確認する。
返ってきた返事はシャアと同じものだった。それもフラウによるとかなり早い時刻に申請されていたらしい。
いったいいつの間に!!
アムロの心の叫びは誰にも届かない。
そしてアムロの問いに答えてくれる者もいなかった。
特に会話が進んだわけでも、豪華な食事というわけでもなかったが、3人で食べる食事は思いがけなく楽しいものだった。
ララァが鈴を転がしたように笑い、それに答えてシャアも笑う。戦況が激しくなっていくにつれ笑いの少なくなっていくWBに比べ、なんて楽しそうに笑うのだ ろう。不思議そうにアムロは見つめた。そしてその中に入れない自分を感じた。生きる世界の違いに心が少しずつ冷めていく。そして頭をもたげるのは脳裏にし こりとなっていた疑問。なぜこの人たちは自分に対してここまでしてくれるのだろう。
こんな僕に。親切を疑うようで嫌だったが、互いの立場からすれば当たり前だ。
それでも素直に受け入れられない自分に自己嫌悪せずにはいられない。「どうしたアムロ」
「どうして、僕を連れてきたんですか?」
「敵方といえども、自分の失態で泥まみれにしてしまった子供を置いていく程、私は冷たくないよ。ここは戦場ではないからな」
「なら、クリーニングだけで済んだはずです」
そうだ。普通ならそれで事は足りる。わざわざ家に招き入れる事なんてしなくたって。
それに一介の一兵卒が敵の将校と会っている。
これはりっぱな軍規違反じゃないのか。シャアには痛くも痒くもないかもしれないが、ばれたら僕はただじゃ済まない。「たまには私だって軍以外の人間と話をしたいのさ」
「だったら、他に適任がいるでしょう。こういうのやめてもらえませんか」
ここまでされておきながら今更だ。きっとこれで赤い彗星もララァも僕を連れてきた事を後悔する。なんて生意気で可愛げのない子供。
でも明日の午後には忘れるんでしょう?たったそれだけの自分なんだ。「こういうの、とは」
「期待させないで下さい」
優しくされて、いい気になって、それで放り出されたら僕が惨じめじゃないか。
「期待させてはいけないのかね」
「困るんです。どうせ気紛れなんでしょ。まさか僕を懐柔して情報を引き出そうとか思ってるんですか」
「では、君は私が必要とする情報を持っていると自覚しているわけか」
「!!」
アムロの背筋を冷たいものがつたい降りた。
馬鹿なアムロ。自分の思いにこだわるあまり、自分から鈴を鳴らしてしまった。
だが全身で緊張を現すアムロに向けられた言葉は赤い彗星とは思えない、穏やかな言葉だった。「私はひと目見て君を気に入った。それが今回君を招待した一番の理由だ。それともそれでは理由に不服かな」
「それは‥‥‥」
シャアとララァの視線に挟まれアムロは口を紡いだ。
2人から感じるのは好意で悪意や作為は感じられない。
今だけは、信じていいのだろうか。「すみませんでした。折角の御好意なのに」
「気にする事はないさ。君の立場もあるだろう」
テーブルは再び穏やかな空気に包まれた。
食事が終わると場所は居間へと移され、すすめられるままにゆったりとしたソファにアムロは腰をおろした。
柔らかな光の落ちるそこは昼間シャアと2人ですごした部屋でもあった。
食後のコーヒーをララァに炒れてもらう。
シャアはアルコールだ。アムロにアルコールを薦められないのが少し残念そうだ。
始終微笑み、2人のやり取りを見ていたララァは始めのほうこそ話に加わっていたが、頃合を見計らって部屋の奥へと消えていった。
アムロのために気持ちの良い部屋を用意するのだ。
「君はどうやら甘えるという事をしらないようだな」「そんなことないです。甘えるなって殴られましたから」
そう、僕は僕の出来る事をやっているというのに、誰も僕を許してくれない。それ以上を望むんだ。
「私がいう甘えはその甘えとは違うのだがな。優しくされるのに慣れていないのかな」
「‥‥‥‥‥」
後半の言葉はアムロにというより独り言めいていた。だがアムロに向けられた言葉にはちがいなかった。だからといって「はい、その通りです」 なんて言えるわけがなかった。アムロにだって意地がある。
それでもシャアの低い声はアムロの耳に心地よく届いた。「ところで君は私の事はどう思っているのかな。嫌いかな?」
「‥‥‥嫌いかと言われたら、嫌いじゃないですけど」
「では好きというわけだな」
そこまでは‥‥。
「さっきも言ったように私は君を気に入った。期待をしても良いかな?」
よいかな?って、期待ってなんの期待ですか?
どうしたものだろう。聞いた方がよいのだろうか。でも気になるけれど恐くて、聞けない。
返事に躊躇っている間にもシャアはアムロににじり寄る。「私は本気だ。アムロ」
露骨に避けるわけにもいかず、身体を小さくしていると耳もとで囁かれた。
「!!」
アムロの背を奇妙な感覚が走り抜けた。その隙にあごの下に手をかけられたと思うと、ついっと顔を上向かせられる。
あ、綺麗な顔が、そう思ったとたん‥‥‥‥。
あ‥‥‥‥。「可愛いなアムロは。初めてかな」
気がついたらアムロはソファに押し倒されていた。スカートが捲れ上がって、むき出しの下半身がスースーする‥‥。
その足を撫でるものが、下から上に‥‥‥って。
これって、ヤバイんじゃ。いやそんな、まさか。赤い彗星だぞ。赤い彗星に限ってそんな。ばかな。あるわけ‥‥。
ちょっ!!
与えられた刺激にアムロは思わず声をあげた。「や、やめてくださいっ人を呼びますよ!!」
「誰を呼ぶというのかな。アムロ」
ああ、これじゃどっかのドラマか映画じゃないか!!
期待って、こーゆー期待なのか!?
ああ、そんな。「あ、どこ触ってるんですか!!」
ララァの馬鹿!!
君はどうしてスカートなんだ〜〜〜!!
やめろ、そんな‥‥‥。
あっ‥‥‥やめて、下さい‥‥‥。こんなの一生初めてでいい〜〜〜〜〜〜〜!!
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