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赤い彗星のシャアとその旗下数名によるMS隊、そして地球連邦宇宙軍第13独立部隊ロン
ド・ベルのMS隊による合同演習が数日後にせまっていた。
「たまらんな」
「連邦への不満分子は多いですからね。仲良くやってますって印象を持たせて点数稼ぎした
いんでしょ」
「そんな子供騙しで何が変わるものか」
ブライトはそう言うと艦長席に深々と身体をあずけた。
今回の『合同演習』の件である。水面下では自分達の預かり知らぬ腹の探り合が行われているのだろうが、よくもまあやってくれる。昨日まで敵だった相手に懐
中を晒せというのか。
そこでブライトは己の間違いに気がついた。そう、敵だったのは1年前までだったな。だがどちらにしてもやっかい事には違いない。
平和平和と人々はこぞって口にするが、今も小さな火種は燻り続け、地球不可侵を提唱するコロニー郡に対し、争いの元凶のひとつである連邦の高官達は、相も
変わらず地球の大地にしがみついていた。このままいけば遠からず、新しい火種が大きな火事を連れてくる事になるのではないだろうか。つかの間の平和かもし
れない。そう思うとブライトはそれに浸かる気にはなれなかった。
「艦長」
ブリッジクルーの緊迫した声に、ブライトは鋭く視線を返した。
「どうした」
「緊急救難信号をキャッチしました!形式からすると民間機のもよう。右舷前方です」
「レーダーはどうだ。確認出来るか」
「特定出来ません。ミノフスキー粒子は微量ですが漂流物が多すぎます」
「ここは民間の船は通行出来ないはずだぞ。どこの馬鹿だ」
「どうしますか艦長」
問いかけの視線をよこす副艦長にブライトは小さく呻いた。
この空域はラグランジェポイントとは反対に重力が不安定であり、また戦争時の夥しい残留物が吹きだまりのように漂う危険な一帯だった。それゆえこの一帯の
運行を許されているのは一定規格以上の軍用艦か、軍用艦を随行した公用艦のみとされていた。
そんな場所に民間機だというのだ。これを素直に鵜呑みして良いものか。かといってこれを見てみぬ振りをしようものなら、航宙法と人道的な見地から自分は世
論の集注砲火を浴びる事になるだろう。
やっかい事に巻き込まれなければ良いが・・・・。
「回線は繋がるか」
ブライトは通信オペレーターに声をかけた。
ジオン独立共和国MS隊との合同演習辞令が、正式にロンド・ベル隊に下されたのは1週間程前のことである。軍上層部からの突然の命令に初めのうちこそ半信
半疑だったロンド・ベルMSパイロット達も、明日打ち合わせと称して部下に先立ちシャア・アズナブル自ら旗艦ラー・カイラムに出向すると聞いてはいよいよ
信じざるえなくなった。
「ジオンの連中と合同演習だって!?冗談だろ?ブライト艦長はそれを引き受けたのか?」
特別休暇を終えてラー・カイラムに戻ったカミーユは、その情報を聞くやいなやその目をつ
りあげた。その声にリラクゼーションルームにいたクルー達が何事かと視線を寄せる。
アムロはテーブル上の携帯端末のモニタに次々と写し出される記号の羅列を目の隅に入れつつ、カミーユに淡々と応えた。彼が激怒するのは予想がついていたか
ら、それに対しての動揺はなかった。
「ええ。上からの命令ですからね」
「軍部機密も人の感情も自分達が良ければ関係ないのか。上の連中は」
「上層部全ての人間がそうじゃないですよ」
カミーユほどの強い反発は持たないものの、アムロも少なからず彼のその意見には賛成だっ
た。連邦の上層部は目先の、自分達の安泰の事しか考えていない。それに振り回されるのは結局前線の自分達のような下の者だ。
ただそこでカミーユほどにアムロが言い切る事が出来ないのは、そんな上層部の申し出に相手、つまりジオン軍とあの赤い彗星がなぜ承諾したのかだ。
この演習には自分達には窺い知る事の出来ない、何か別の思惑があるのだろうか。
「アムロはわかっていないんだ」
「・・・・はぁ」
アムロのしばしの無言をどうやらカミーユは自分への無理解と、上層部に対する無知と取っ
たらしい。
行き場のない怒りを押さえ込んで苛立つ様子のカミーユにどうしたものかと思う。
彼が何に対して怒っているのか。
上層部に対する不満はもちろん、3週間の筈の休暇が半分も消化しないうちに呼び戻された事も、大きなしこりとなっているのだろう。他にもいろいろあるのか
もしれない。
だが一番の憤りの原因はやはり、
(赤い彗星、かな)
ジオンの「赤い彗星のシャア」。カミーユが彼に激しい敵愾心を燃やしているのをアムロは
よく知っていた。
室内を漂う静けさにふとアムロはまわりを見渡した。
案の定今まで近くに居たはずのクルー達は、2人を囲むようにしてさりげなく遠ざかっていた。
どおりで静かなはずだ・・・・。アムロは思った。
(カミーユさん有名だもんな・・・・)
カミーユはロンド・ベルの誰もが認めるエースパイロットではあったが、良く言えば激し易
い、悪く言えばいつキレるかわからないという爆弾を抱えている事でも有名だった。
誰かがアムロの肘をつついた。振り向くと良く知った顔の1人が『それ以上刺激するな』と視線で訴えている。
空手の段の保有者でもある。へんに刺激して被弾したくないのだろう。それはアムロだって同じなのに。なんだか自分ばかりが貧乏くじを引かされたみたいだ。
(だいたいカミーユさんは神経質なんだよな。好き嫌い激しいし)
だがその出所の大半は思いやりを発端としているのも確かで、だからこそ一概に彼を責める
事は出来なかった。
しかもアムロなどはよく面倒を見てもらった方なのだから尚更だ。
今でこそ地球連邦宇宙軍のエースパイロットだのニュータイプだのと一目置かれているが、1年程前までアムロは新設中だったサイド7に、ごく普通の少年とし
て暮らす民間人だった。
もともと協調性に乏しく、ジュニアスクールだってろくに行ったことのないアムロである。たとえそれが俄ごしらえの軍であったとしても、そんなアムロがすん
なり規律の塊のような軍に慣れるわけがなく、出会ったばかりの頃は本当にカミーユに世話になりっぱなしだったのだ。
実を言えばその当時、カミーユもアムロとは別の意味で問題児ではあったのだが、どういうわけか2人は気が合った。カミーユ自身がもとは民間人だった事、2
人の両親(アムロは片親だが)が連邦のMS開発に携わっていた事、更にはアムロもカミーユもMSの操作面だけでなく、設計面にも造詣が深かった事が2人を
近付けた要因でもあったのだろう。
そんなこんなで階級の違いを抜きにして、対等に近い関係を今では結んでいる2人である。が、こんな時にはお世話になった手前もあり、先輩後輩のような立場
にアムロは逆戻りしてしまうのだった。
クルー達もそこらへんはよく承知していて、事ある事にカミーユの問題をアムロに持ち込む。性格のきついカミーユ本人より、平時はおっとりしたお坊っちゃん
タイプのアムロにまわせ、という暗黙の了解がどうやらあるらしい。
(ティターンズにいた頃、あの人と何かあったのかな・・・・)
カミーユはティターンズから連邦軍に転向したMSパイロットだった。だがその当時の事まではアムロも立ち入れない。
とにかくカミーユが激高しようがジオンとの合同演習はすでに決定しているのだ。自分達は上の気に入るようせいぜい奮闘するだけだ。
部屋に戻る、そう言い残して席を立ったカミーユをアムロは無言で見つめた。それに伴い周囲の目もひとつふたつと自分から剥がれていく。それに幾分ほっとし
ながらアムロは再びモニタに目を落とした。今のアムロの最優先事項のひとつだ。
だが、目を落としてみたものの、自分が集中出来る状態ではない事をアムロは知っていた。
今も脳裏に残る、鮮やかな赤。モニタの先にアムロはそれを思い浮かべた。
そしてそっと目を伏せた。
艦内は静かな波紋に波打っていた。
民間機を収容している今、実際には箝口令が敷かれていたのだが、驚き、妬み、畏怖、さまざまな感情がアムロにはざわめきとなって聞こえてくるようだった。
ひとりパイロットルームに入ってからも、その負に誓い感情はアムロを取り巻き放そうとしない。
それら全ては明日現れる「赤い彗星のシャア」のせい。
「赤い彗星」にはさまざまな噂が流れていた。それもきな臭いものばかり。だがアムロは彼らほど「赤い彗星」に対して悪い感情を持つことは出来なかった。
(悪い人じゃないと思うんだけど)
こんな事誰かに話そうものなら「ニュータイプ同志の共感か」そう言われて話は終わってし
まうのだろう。ゆったりとした椅子に座り、白い天井を見つめながらぽつりぽつりと考える。カミーユには当然話せない。
まとわりつく感情の中には少なからず、自分に向けられたものがあるのをアムロは感じていた。
理由は分っている。
『真のニュータイプ』
あの1年前の戦い以来、事あるごとに自分についてまわる呼称。カミーユ、そして『赤い彗星のシャア』が『ニュータイプ』と言われているように。
(ニュータイプか・・・。僕はこんなにも普通なのに・・・・)
でもそんな言い分が通じない事もわかっていた。
アムロは手のひらを目の前にかざした。成長途中の薄く頼りない手だ。指の先は落ちきらなかった機械油で僅かに黒い。
アムロに向けられる感情の多くは悪意のない好奇心。だが、純粋な好奇心が時に人の心を傷つける事を、アムロはこの戦争を通して痛いほど知っていた。もしカ
ミーユに出会わなかったら、自分はもっと酷い状態にいただろう。
アムロは迷いを振り切るようにパイロットルームを出ると、デッキに向かうべく直通エレベーターに乗り込んだ。Z・の完熟飛行を兼ねた索敵に出るのである。
開閉ボタンを押し、その手を階ボタンに滑らそうとしたその時だった。
(えっ・・・)
もう閉まるという矢先、決して乱暴ではない、だが有無をいわさぬ強引さでドアは大きく開
け放たれた。
「見つけたよ。アムロ・レイ君」
目をいくぶん見開き、頭ひとつ分は背が高いだろう若い男の顔をアムロは見上げた。
自分を「アムロ・レイ」そう呼ぶ男にアムロは見覚えはなかった。
しかし────。
こわい。
見知らぬこの男をアムロはそう感じた。
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