宇宙の輝きに花束を2




アムロが目を覚ましたのは、宇宙空間を進むランチの中だった。
朦朧としていた意識は明確になりつつある。しかし心と身体が別の器に入っているような違和感とそれに伴う倦怠感。記憶の最後に残る息苦しさは薬を嗅がされ た時のものだろうか。
同じ体勢を続けていた身体はしびれを訴えていた。アムロは身体を動かそうとして、身動きがとれない事に気付く。どうやらベルトのようなもので身体は座席に 拘束されているようだ。両腕も苦痛ではない程度に後ろ手に縛られていた。
何故ここに自分がいるのか。
またたく事の決してない星が漆黒の闇の中に冷たく輝いていた。透明な強化ガラスに不安げな表情の自分が映っている。
みんなはどうしただろう。
シートに座っているのはアムロ一人だった。誰もいない。
このランチに他の乗員はいるのだろうか。少なくともこのランチを運転している人物はいるだろうが、アムロに見えるのは操縦室へと続く金属質のドアだけだ。 人気のない機内は静かで、空調機とランチの出す振動だけが唯一の音だった。
ゆったりとしたシートに広々としたスペース。内装こそ質素であるが一般の市民が乗るようなランチではなかった。

「目が覚めたようだな」

床を踏む音が近付き、真後ろで止まる。
突如背後から響いてきた男の声に、アムロは身体を強張らせた。いないと思っていた搭乗者がようやく一人現れた。
アムロが首をめぐらすより、男の行動の方が早かった。相手を見極める前に動かす事の叶わなかった両の腕が楽になる。続いて腹部を緩やかに圧迫していたベル トも外された。
アムロは座席からふわりと立つと男との距離を計った。振り向き男の姿を視野におさめながら、同時に自分の状態を確認する。今のところパイロットスーツに異 状は見られない。護身用の携帯銃がホルダーから外されている以外は、通信機も備品も揃っていた。ヘルメットはアムロが座っていた座席の背後、小さなテーブ ルの上に置かれているのが見える。黒い光を放つ銃身がヘルメットの向こうに横たわっていた。あれはおそらくアムロのものだ。

「悪いが念のため火器は外させてもらったよ」

視線に気付いたのだろう。再び男が口を開いた。落ち着き払った態度とその口調は硬質な冷たさアムロに印象付けた。

「これはどういうことですか」

注意深く言葉を選びアムロは男に話し掛けた。
この声。いや、この気配は。
完全に立ち直れていないため、ともすれば萎えそうになる思考を奮い立たせ微かな記憶を巡らす。
これは記憶の最後に残る、エレベーターで出会ったあの男のものだ。だが、あの時感じたものとは比べ物にならない程の強い意思の存在。男から漂う気配は ニュータイプのプレッシャーに似ていた。しかし微妙に違うとも思う。重い、とでもいうのだろうか。まるで見えない壁が巨大な嵐を纏い迫ってくるような息苦 しさだ。それは今もアムロを取り巻くように重苦しく渦巻いている。
男はまだ若い。口元は笑う形をとってはいるが、目はアムロを値踏みするように鋭い。その視線はアムロの内まで入り込もうとするかのように執拗で容赦がな かった。アムロは嫌悪に身震いしそうになるのを堪えるのに、神経の全てを集中しなければならなかった。

「お初にお目にかかる。私は木星輸送船団の船長、パプティマス・シロッコ。アムロ・レイ。君の事は木星圏でも聞き及んでいてね一度会い たかった」

アムロの質問には返答のされないまま、男の名が告げられた。
木星帰り。
その言葉にアムロは更に戸惑う。
木星輸送船に乗る人々を『木星帰り』地球圏ではそう呼んでいた。
地球の枯渇した資源に代わって登場したのが木星を形成しているヘリウムである。
地球より遥かに巨大な惑星を取り巻く厚い雲は無尽蔵ともいうべきで、核融合エンジンの燃料としてヘリウム・スリーが発見されて以来、科学技術のより発展し た今では精選され凝縮された形で軍事産業だけでなく、一般の産業エネルギーとしても安定した供給を人類に与えていた。
しかしその膨大なエネルギーを手に入れるためには、それに伴うだけの労力と犠牲をともなった。ヘリウム採掘者を中心とした居住コロニーも出来、星間航行も 往年と比べ随分安定したとはいえ地球と木星間は今でも往復6年という歳月がかかり、未知の危険が潜む航路であることは変わらなかったからである。そのため 乗船員には不慮の事故に耐えられるだけの、体力と強靱な精神力が求められた。更には無為の宇宙空間を密室に閉じ込められたまま渡れるだけの柔軟性も必要で あった。その報酬として彼ら、彼女達には破格の待遇が与えられ、貴重な資源を運ぶ木星輸送船団は戦時中であっても絶対不可侵の協定がはられた。それが破ら れた事は過去にも見当たらない。また彼らの方からもあえて介入するということもなかった。
「ジュピトリアン」木星生まれの世代層が生まれるようになった頃から、彼らは自分達の事をそう名乗り、地球圏の人類と一線を画するようになっていたからで ある。
パプティマス・シロッコ。彼はその船団の責任者だという。
話には聞いていたが、アムロが木星帰りの人間と会うのはこれが初めてだった。
この異質なプレッシャーは木星の巨大な重力のもたらしたものだからなのか。アムロはいいしれぬ不安を感じた。

「輸送船団の船長が僕に何のご用ですか。攫ったところで得にもなりませんよ」

「得になるかならないかはこちらで決める事。今も言ったように私は君に会いたかったのだよ。FAT通信で君の活躍はリアルタイムに知る 事が出来た。非常に優秀なパイロットだ。『白い流星』か。敵にすればさぞかし手強い相手だろう」

その言葉にアムロは眉をひそめた。
『優秀なパイロット』。聞こえはいいがようは優秀な戦闘要員という意味である。それを軽く口にする男が平和主義者とは到底思えない。そして『白い流星』。 今のアムロにとって一番嫌いな言葉だった。もうひとつの呼び名は、思い出したくもない。

「そんな事を言うためにわざわざこんな事をしたっていうんですか」

「こうでもしなければ君と会う事は出来ないだろう。実際ブライト艦長に面会許可を希望したのだがすげなく断られたよ。幸い赤い彗星の事 で君たちは色めきたっていたからな。それを利用させてもらった」

つまり理由は分からないが、暗礁宙域での救難信号もはじめからアムロを拉致するための計画的犯行だったというわけだ。
ブライトの名を聞き、自分がいなくなった事にどうしているだろうかと思う。そして歯噛みする。
これだけのプレッシャーである。たとえ故意に隠していたとしても、アムロもカミーユもなんらかの危惧を感じても良かったはずなのだ。それだけ赤い彗星の件 でみな浮き足立っていたという事か。本来厳重であるはずの警備もどこか隙があったのだろう。それに破壊工作や要人誘拐ともちがう。一介のMSパイロットが 攫われるなんて、誰も考えてもいなかった。アムロだってそうである。
あれからどれほどの時間が経過したのだろう。索敵任務を帯びたパイロットが突然消えたのだ。さすがに異変に気がついているだろう。
そして自分はどうすればいい。今の自分にはあまりにも情報が少なすぎる。

「それであなたはどうしたいんですか。輸送船のクルーには破格の特権が与えられているとはいえ、これは明らかに軍事介入になります。船 団責任者であっても懲罰は免れませんよ。身柄拘束に応じますか」

「のぞむところだ。といいたいところだが私は拘束も懲罰も受けないよ。ロンド・ベルにアムロ・レイというパイロットは存在しないのだか らね」

「!!」

思いもよらない言葉にアムロは息を飲んだ。今この男は何を言ったのだろう。『アムロ・レイは存在しない』だと。

「何も驚く事はないだろう。私にとって君は非常に欲しい人間なのだよ」

そしてシロッコは一歩近付いた。











アムロが目を覚ましたのは、宇宙空間を進むランチの中だった。
朦朧としていた意識は明確になりつつある。しかし心と身体が別の器に入っているような違和感とそれに伴う倦怠感。記憶の最後に残る息苦しさは薬を嗅がされ た時のものだろうか。
同じ体勢を続けていた身体はしびれを訴えていた。アムロは身体を動かそうとして、身動きがとれない事に気付く。どうやらベルトのようなもので身体は座席に 拘束されているようだ。両腕も苦痛ではない程度に後ろ手に縛られていた。
何故ここに自分がいるのか。
またたく事の決してない星が漆黒の闇の中に冷たく輝いていた。透明な強化ガラスに不安げな表情の自分が映っている。
みんなはどうしただろう。
シートに座っているのはアムロ一人だった。誰もいない。
このランチに他の乗員はいるのだろうか。少なくともこのランチを運転している人物はいるだろうが、アムロに見えるのは操縦室へと続く金属質のドアだけだ。 人気のない機内は静かで、空調機とランチの出す振動だけが唯一の音だった。
ゆったりとしたシートに広々としたスペース。内装こそ質素であるが一般の市民が乗るようなランチではなかった。

「目が覚めたようだな」

床を踏む音が近付き、真後ろで止まる。
突如背後から響いてきた男の声に、アムロは身体を強張らせた。いないと思っていた搭乗者がようやく一人現れた。
アムロが首をめぐらすより、男の行動の方が早かった。相手を見極める前に動かす事の叶わなかった両の腕が楽になる。続いて腹部を緩やかに圧迫していたベル トも外された。
アムロは座席からふわりと立つと男との距離を計った。振り向き男の姿を視野におさめながら、同時に自分の状態を確認する。今のところパイロットスーツに異 状は見られない。護身用の携帯銃がホルダーから外されている以外は、通信機も備品も揃っていた。ヘルメットはアムロが座っていた座席の背後、小さなテーブ ルの上に置かれているのが見える。黒い光を放つ銃身がヘルメットの向こうに横たわっていた。あれはおそらくアムロのものだ。

「悪いが念のため火器は外させてもらったよ」

視線に気付いたのだろう。再び男が口を開いた。落ち着き払った態度とその口調は硬質な冷たさアムロに印象付けた。

「これはどういうことですか」

注意深く言葉を選びアムロは男に話し掛けた。
この声。いや、この気配は。
完全に立ち直れていないため、ともすれば萎えそうになる思考を奮い立たせ微かな記憶を巡らす。
これは記憶の最後に残る、エレベーターで出会ったあの男のものだ。だが、あの時感じたものとは比べ物にならない程の強い意思の存在。男から漂う気配は ニュータイプのプレッシャーに似ていた。しかし微妙に違うとも思う。重い、とでもいうのだろうか。まるで見えない壁が巨大な嵐を纏い迫ってくるような息苦 しさだ。それは今もアムロを取り巻くように重苦しく渦巻いている。
男はまだ若い。口元は笑う形をとってはいるが、目はアムロを値踏みするように鋭い。その視線はアムロの内まで入り込もうとするかのように執拗で容赦がな かった。アムロは嫌悪に身震いしそうになるのを堪えるのに、神経の全てを集中しなければならなかった。

「お初にお目にかかる。私は木星輸送船団の船長、パプティマス・シロッコ。アムロ・レイ。君の事は木星圏でも聞き及んでいてね一度会い たかった」

アムロの質問には返答のされないまま、男の名が告げられた。
木星帰り。
その言葉にアムロは更に戸惑う。
木星輸送船に乗る人々を『木星帰り』地球圏ではそう呼んでいた。
地球の枯渇した資源に代わって登場したのが木星を形成しているヘリウムである。
地球より遥かに巨大な惑星を取り巻く厚い雲は無尽蔵ともいうべきで、核融合エンジンの燃料としてヘリウム・スリーが発見されて以来、科学技術のより発展し た今では精選され凝縮された形で軍事産業だけでなく、一般の産業エネルギーとしても安定した供給を人類に与えていた。
しかしその膨大なエネルギーを手に入れるためには、それに伴うだけの労力と犠牲をともなった。ヘリウム採掘者を中心とした居住コロニーも出来、星間航行も 往年と比べ随分安定したとはいえ地球と木星間は今でも往復6年という歳月がかかり、未知の危険が潜む航路であることは変わらなかったからである。そのため 乗船員には不慮の事故に耐えられるだけの、体力と強靱な精神力が求められた。更には無為の宇宙空間を密室に閉じ込められたまま渡れるだけの柔軟性も必要で あった。その報酬として彼ら、彼女達には破格の待遇が与えられ、貴重な資源を運ぶ木星輸送船団は戦時中であっても絶対不可侵の協定がはられた。それが破ら れた事は過去にも見当たらない。また彼らの方からもあえて介入するということもなかった。
「ジュピトリアン」木星生まれの世代層が生まれるようになった頃から、彼らは自分達の事をそう名乗り、地球圏の人類と一線を画するようになっていたからで ある。
パプティマス・シロッコ。彼はその船団の責任者だという。
話には聞いていたが、アムロが木星帰りの人間と会うのはこれが初めてだった。
この異質なプレッシャーは木星の巨大な重力のもたらしたものだからなのか。アムロはいいしれぬ不安を感じた。

「輸送船団の船長が僕に何のご用ですか。攫ったところで得にもなりませんよ」

「得になるかならないかはこちらで決める事。今も言ったように私は君に会いたかったのだよ。FAT通信で君の活躍はリアルタイムに知る 事が出来た。非常に優秀なパイロットだ。『白い流星』か。敵にすればさぞかし手強い相手だろう」

その言葉にアムロは眉をひそめた。
『優秀なパイロット』。聞こえはいいがようは優秀な戦闘要員という意味である。それを軽く口にする男が平和主義者とは到底思えない。そして『白い流星』。 今のアムロにとって一番嫌いな言葉だった。もうひとつの呼び名は、思い出したくもない。

「そんな事を言うためにわざわざこんな事をしたっていうんですか」

「こうでもしなければ君と会う事は出来ないだろう。実際ブライト艦長に面会許可を希望したのだがすげなく断られたよ。幸い赤い彗星の事 で君たちは色めきたっていたからな。それを利用させてもらった」

つまり理由は分からないが、暗礁宙域での救難信号もはじめからアムロを拉致するための計画的犯行だったというわけだ。
ブライトの名を聞き、自分がいなくなった事にどうしているだろうかと思う。そして歯噛みする。
これだけのプレッシャーである。たとえ故意に隠していたとしても、アムロもカミーユもなんらかの危惧を感じても良かったはずなのだ。それだけ赤い彗星の件 でみな浮き足立っていたという事か。本来厳重であるはずの警備もどこか隙があったのだろう。それに破壊工作や要人誘拐ともちがう。一介のMSパイロットが 攫われるなんて、誰も考えてもいなかった。アムロだってそうである。
あれからどれほどの時間が経過したのだろう。索敵任務を帯びたパイロットが突然消えたのだ。さすがに異変に気がついているだろう。
そして自分はどうすればいい。今の自分にはあまりにも情報が少なすぎる。

「それであなたはどうしたいんですか。輸送船のクルーには破格の特権が与えられているとはいえ、これは明らかに軍事介入になります。船 団責任者であっても懲罰は免れませんよ。身柄拘束に応じますか」

「のぞむところだ。といいたいところだが私は拘束も懲罰も受けないよ。ロンド・ベルにアムロ・レイというパイロットは存在しないのだか らね」

「!!」

思いもよらない言葉にアムロは息を飲んだ。今この男は何を言ったのだろう。『アムロ・レイは存在しない』だと。

「何も驚く事はないだろう。私にとって君は非常に欲しい人間なのだよ」

そしてシロッコは一歩近付いた。