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── 何も驚く事はないだろう。私にとって君は非常に欲しい人間なのだよ ──
その言葉にアムロは当惑の表情を浮かべた。そして男の言葉が意味するところに思い至り眉をひそめた。
「‥‥‥僕が、ニュータイプだからですか」
「察しが早くてありがたい」
シロッコ。そう自ら名乗った男は満足げに頷いた。
「君の事はいろいろと調べさせてもらったよ」
ひんやりとアムロの周囲だけ熱が引いた。その言葉に過去と呼んでしまうにはまだ生々しい記憶を起こされれる。
目の前に浮かぶのは人々の顔、顔、顔。
ねっとりとまといつく好奇と恐れ、いわれのない嫌悪。
アムロは苦痛に顔を歪ませた。
まただ。こんな能力さえなかったら。
胸をよぎるのは自分への苛立ち。思うのはこんな能力を持ってしまった自分への憤り。
思い出したくもないのに、味あわされた苦い思い出が氷の爪となってアムロの心臓を鷲づかむ。
アムロ=レイといえば『ニュータイプ』。ニュータイプといえば『アムロ=レイ』。
世間ではいつの間にかそんな図式が出来上がってしまっていた。
『ニュータイプ』
その存在自体はジオン=ダイクンが提唱する以前から、名こそ違うがまことしやかに人々の間で囁かれ続けていた。
しかしそれはあくまでも絵空事であり、終わらない戦争に忌み疲れた人々の、小さな夢が生み落とした幻と言われて久しかった。
そんなある時、一人の少年が戦争を動かした。
その少年は民間人でありながら連邦の新型MSを乗りこなし、あまつさえ戦局の流れさえ変えてみせた。
時同じくして、死んだと思われていたジオン=ダイクンが現れザビ家を駆逐、世代を越えて続いた戦争は終結したのである。
それを単に偶然と片付けて良いものか。
少年はいつからか『ニュータイプ』と呼ばれるようになっていた。
市井の人々の夢を具現した少年を世界が放っておくわけがない。
戦争終結後、少年『アムロ=レイ』を待ち構えていたのはメディアという瞼のない巨大な人の目だった。
同じく軍に属し、ニュータイプと秘かに目されていたカミーユや赤い彗星と比べると、現地徴用のにわか兵であるアムロの存在などは芥子粒も同然。戦後処理の
利益絡みの画策や保身を狙う人々の思惑の末、連邦政府は報道戦争という新たな最前線に独りアムロを放り出したのである。
報道規制の一切伴わない『ニュータイプ』。
それはメディアにとってもまたとない格好の餌だった。
不器用で後ろ楯のない少年がそれをかわせるわけもなかった。
人々の期待と欲望の中で都合良く変ぼうしていく人の革新の姿。アムロの言葉は勝手に書き替えられ、願いは放り捨てられる。どんなに叫ぼうが人の耳には入ら
ない。そして片方では検査と称しての連邦政府による心無い実験の日々。
一部の心ある高官が(利用価値を見い出し)動いてようやくその身辺を一掃した頃には、アムロは身体よりも心にも深い傷を負っていた。
僅か一年足らずで立ち直る事が出来たのは、その後の手厚い看護というよりむしろ軍属となって配属された先が、一年戦争で最後まで共にした元WBのクルーが
多数在籍していたロンド・ベル隊だったこと。そしてアムロと同じくニュータイプと呼ばれていたカミーユに出会ったからだろう。
『掃討部隊』『はみだし部隊』と秘かに称されているこの部隊が意外にも居心地がよかったこともあるだろう。
それでもその当時の出来事を受け止めるには、アムロにはまだ長い時間が必要だった。
それを軽々しく口にする男が許せなかった。
もし人々が言うようにニュータイプがひと睨みで人を殺せるというのなら‥‥‥‥‥。
だが現実にはアムロは人を殺せない。
「固くなる事もないだろう。手に入れるためにはその人物の人となりを知る事は当然の事。むしろ私に認められた事を君は光栄とみなくてはいけないな」
何故なのだろう。
言葉は違えどみながアムロに同じ事を言う。そして同じ事を期待する。
そうやって自分の都合ばかりを押し付ける。
自分はそんな人間じゃないのに‥‥‥。
(でも、あの人は違ったんだ‥‥‥‥)
縋るようにアムロはその姿を思い浮かべた。
そうすればこの苦しみから逃れられるとでもいうように。
シャア=アズナブル。
ジオンの赤い彗星。
もし、あの時彼に着いていけばこんな事にはならなかったのだろうか。
その時アムロの思いに連動したかのように誰かがアムロに触れた。
(‥‥‥あ)
はじかれたように顔を上げる。
(だ‥れだ‥‥‥)
訝し気に自分を見つめるシロッコをよそに、アムロはぐるりと周りを見渡した。ランチにいるのはアムロとシロッコだけである。それ以外は
無機質の壁と取り巻く宇宙があるだけであり、一向に変わらない凛とした静けさが漂うだけだった。
感じたのは一瞬の事だった。風の見えない手がアムロの心に悪戯したような、心地の良い感触を残していった。その力強さは青い空の下で感じる、暖かい日射し
にも似ていた。そして掴む間もなく通り過ぎていった。心にあった不安や痛みと共に。
「!!」
何かが来る。
今しがたまでアムロの内を苛んでいたものはいつの間にか遠い記憶へと消えていた。
アムロは貼り付くように窓枠に近寄り、一点を凝視した。
強化ガラスの先には暗い宇宙が広がっているだけである。
「どうやら君の迎えがきたようだな」
シロッコの言葉も今のアムロにはさして重要ではなかった。指摘されるまでもなくアムロにも分かっていたからだ。
誰かが来る。そう、たった今アムロの心に触れた人物だ。
ただそれはあくまでもアムロの望みであって現実ではない筈だ‥‥。
「そろそろ目視出来る頃合だな」
言葉と同時にランチの船内に球体の立体映像が生まれた。ピット上に浮かぶのは直系40センチ大の黒い色彩が占める球体。その中央部に点
が現れた。アムロは食い入るように球体の一点を見つめる。それは一直線にランチに向かって飛んでいるようだった。
「これは」
小さな点だったものはアムロの目の前で急速にその形を現し始めていた。
「赤い、モビルスーツ‥‥?」
赤いMSを乗りこなす人物をアムロは一人しか知らない。
「ふん。赤い彗星か」
つまらなそうにシロッコが呟いた。
同時に通信装置の受信ランプがブザー音と共にまたたき、落ち着いた若い男の声が回線を通してランチ内に流れ込んできた。
『こちらジオン独立共和国軍シャア=アズナブル大佐である。速やかに御返答願いたい』
その声はアムロがサイド7で別れて以来久しぶりに聞く、赤い彗星の声だった。
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