voice






夏はとうに終わりを告げていた。秋も深まり宵の中に冬の気配が入り混じる季節の中を、擦切れた石畳に靴音を響かせ二人は歩いていた。

「シャア、見てみろよ」

ガルマの声にシャアは僅かに顔を上げてみせた。
しかしわざわざ指摘されなくても実のところ彼には既に分かっていた。
学舎の門の前、壁に凭れながら立つ男。
陽は暮れ、晩鐘はすでに遠い。
門を照らす暖色の外灯の下、コートを纏うその影はシャアよりも小さい。

「どうする?声でも掛けてみるか」

一歩、また一歩と歩みを進めるごとに男に近付いていく。壁の作る暗い影に溶け込むように佇む男の前を、そして通過する。
男などそこにいないように。

「厄介事はごめんだ」

シャアの声はけして大きくなかったが壁に反響して冷たく、そして良く響いた。きっと影の隅々にまで行き渡ったに違いない。

「君のそれは詐欺だな、シャア」

シャアの言葉に屈託のない笑い声をガルマは上げた。笑い声は空に舞った。

「一見人当たり良く見えるが、実は君は冷たい」

「なんとでも言ってくれ」

しかめっ面の舎監によって開かれた門を、二人はするりとくぐり抜けた。そして用は済んだとばかりすぐさま閉じられる。
街とは別の静けさが二人をとりまいた。
伝統と格式、世に出る前の一時の開放感。最後の自由。
棟から洩れる光の一つから、さざめく笑い声とピアノを奏でる音が聞こえる。
門を抜けると同時に立ち止まったシャアに意味ありげにガルマが笑うと『静かに』と、シャアは口許に人さし指を立てて見せた。ガルマは一度だけ口許を歪めて みせると、シャアを真似て息を潜め同じくそこに佇んだ。

しばらくそうしているとやがて静まりかえる夕闇の中、微かに響く靴の音が二人の耳に届いた。
年代物の木製の門を通して聞こえるそれは、初めは大きく、そして徐々に遠ざかり、掠れるように消えていった。

「情があるのかないのか。僕にはさっぱり君が解らないよ」

音が完全に消え去ってから、やれやれと言うようにガルマは肩を竦めた。

「どう見てもあの男は君を待っているぞ。いい加減無視を決め込むのをやめたらどうだいシャア」

「ガルマ。その言葉は私にではなくあの男に言ってくれないか」

「僕は君の友人で、あの男の知り合いじゃあない」

二人はコートの裾を翻して歩き出した。
仄暗いランプが灯す長い回廊を影を従えて通り抜ける。時おり同じ棟に寄宿する学生達と擦れ違った。大抵は同じ学舎で何年も一緒に過ごしている気心の知れた 連中だ。冗談混じりの挨拶を互いに交わして擦れ違う。
冗談に上がる最近の話題はもっぱら一つの事に限られていた。
シャアもガルマも心得たもので、彼らが飽きないような情報を適度に加えながらその話題をさりげなくかわしていく。

「そう言えばガルマ。君の姉上は今度新しくテラフォームされる予定の惑星攻略総指揮を任されたそうじゃないか。たいした出世じゃないか」

「ありがとう。あのひとは人形の代わりに剣や銃を玩具にしていたからな。念願適って、というところだろう」

「君もおちおちとはしていられないな」

「ああ、全くだ。卒業が待ち遠しいよ」

心底焦れったそうに声をあげるガルマにシャアは笑って見せた。
すでに目的地に二人は着いていた。

「そうだ、シャア。明日の夜は空けておいてくれよ」

「何だ急に」

「ああ。明日は『最後の憩い』亭で集会があるらしい。逃げないでくれよ」

そしてガルマは自室に消えた。

「あまり気乗りはしないな」

廊下に誰の姿もない事を確かめてシャアはひとりごちた。
だが集会は名を売る場としては欠かせないものだ。出過ぎた釘は打たれるが、適度に顔を出しておけばガルマほど後ろ楯の大きくない自分にとって、いずれは有 益になるものをもたらしてくれるだろう。
棟内に設けられたセントラルヒーターによって室内はほんのりと暖かかった。羽織っていた重いコートを床に落とす。
制服を脱ぎ、部屋着になったところでようやくシャアの身体と心に開放感が訪れた。
明日の集会のお題は知らないが、盛り上がりによっては日を越える事になるだろう。

「明日は無理か」

シャアの知る限り男が現れるのは大抵今日と同じ夕刻だった。どうやって知り得たのか知らないが、シャアの選択した野外講習が終わる時間を見 計らってあの男はあの場所に立つらしい。
それをシャアに教えてくれたのはその講習を選択していない学友だった。
いったい何を考えているのか。

『シャアを待っているらしい』

その噂はすでに校内に広まっていた。普段は会う事もない別棟の学生にまで伝わっているらしく、最近は思いもかけないところからさえお声が掛 かる。
夏の長い休みが終わり、シャアにとっては最後の新学期がスタートした頃、あの男は現れたのだ。今は秋も終盤に差し掛かり冬支度が見られる季節だから、それ を考えると随分と長い間あの男はあの場所にいるわけだ。秋の始まりならともかく、底冷えのするこんな季節まで御苦労な事である。
この寒空の下であの男がひたすら立つ理由。
真正面から見た事もなければ、顧みた事すら一度もシャアにはなかった。
しかし男がいつも瞼を降ろしている事。
寝てはいないが、かといって難しい考え事をしている訳でもない事。
コートの襟に隠れた口許は薄く笑みを形作っている事。
コートが季節外れの薄手のものである事までシャアには判っていた。
学友に言われるまでもなく、あの男が自分を待っている事すらシャアは早いうちから知っていた。
おそらく、とシャアは考える。
あの男も同じように自分を「見ている」に違いない。
毎回そ知らぬ振りをしながら僅かな動きさえ逃すまいと心を砕いている事も、門のこちら側から男の帰りを見送っている事も、角を曲っていつもの場所に姿が見 えなければ自分が落胆する事すら。
それを知ってあの男は立っている。

見えない駆け引きを自分とあの男は行っているのだ。






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あるTVドラマを見て出来たお話。