++ 夢にも思わない ++
ここは宇宙を巡行する地球連邦軍第13独立治安部隊ロンド=ベルの旗艦ラー・カイラムの艦内である。「アムロ、君に話がある」
そんな風に声を掛けてきたのは同僚のクワトロ・バジーナ大尉だ。そこは艦内に設けられている休憩ルームの一室で、アムロがコーヒーを飲んで いる時だった。
「ここじゃまずい話なのか」
「君が良いと言うのなら構わんが」
室内には彼ら二人の他にもクルー数人がくつろいでいる。声を小さくすれば聞こえはしないだろうが、相談するには少々人目は多いようだ。
公にしても良いのなら───。
言外にそんな含みを感じたアムロは、残りのコーヒーを喉に流し込むと彼と共に部屋を出た。
飽きるほど見慣れてしまったラー・カイラムの艦内である。
通路を歩く二人の傍らを、クルー達がふわふわ泳いで擦れ違ってく。その表情はどれもみな一様に心ここに在らずといった面持ちで、今上艦したばかりの者がい たら「‥‥こんな有り様で良いのか?」と世界の平和を危ぶんでしまうかもしれない。
だが彼らにその訳を聞いたのなら、なるほどと納得もするだろう。
彼らが浮かれているその理由───。
なぜなら地球とコロニーの平和を守る注目度抜群のこの新造戦艦は、処女航海を無事に終えて地球への帰路についている最中なのだ。
その処女航海の実に長かった事か。
数週間の予定の筈が、彼らを待ち受けていたのは数週間どころかいっこうに終りを見せない責務だった。暴走したティターンズの鎮圧から、地球近郊のアステロ イドベルト地帯を牛耳るハマーン・カーンの御機嫌伺い。それらが収束すると今度はコロニーの違法モビルスーツの取締りに、木星生まれの海賊集団との戦い と、それこそ枚挙にいとまがない。
帰るに帰れない状態のまま、そして地球を横目にしながら一度も立ち寄れないまま(責務を果たすまで地球に帰ってくるなと言われていたとか)、ラー・カイラ ムは軽く一年を越す期間宇宙を忙しく往来していたのだ。はっきり言ってしまうと連邦のお偉方の尻拭いをさせられたのである。お気の毒さまとしかもはや言い ようがない。
しかしそんな波乱万丈の航海も、クルーの執念の賜物でようやく終りを迎えたのだ。帰港までおよそ数日。長い長い航海のすえである。誰もが地球に帰り、我が 家のドアを叩くのを心待ちにしているのだ。
場所を変えよう。
そう言ってクワトロとアムロが身を滑り込ませたのはブリーフィングルームだった。
人気が無いせいか空気はひんやりとしている。「それで一体何の話なんだ?」
「ああ」
促すアムロにクワトロは曖昧な返事を返した。
並んだ机の一つに浅く腰掛けるアムロは幾分緊張の面持ちだ。おそらく彼は先ほどの言外の含みに構えてしまっているのだろう。
誰にも明かせない秘密を二人は共有している───。
彼がクワトロの言葉一句一句を気にするのも、その原因を思えば仕方あるまい。
アムロをここまで連れ出したのはクワトロだったが、空気を通して伝わる彼の緊張にこちらの口も重くなる。「その事だが──」
がらんとした空間にクワトロの声が流れた。
「‥‥‥なんだよ」
ここにきて躊躇いを見せるクワトロの姿にかえって緊張が解れたのだろうか。幾分アムロの纏う空気が和らいだ。面白そうにクワトロの瞳を覗き 込む仕草を見せる。
「言いたい事があるならはっきり言えよ。あんたらしくないぜ」
明るい光を瞳に乗せた優しい眼差しにそう言われては今さら逃げるわけにはいかない。
らしくないと言う彼の言葉はまるでプロポーズを催促しているようだな。そんなことを思いクワトロは目を細めた。
先延ばしにしていた言葉がある。
プロポーズとあながち違うとも言い切れないその言葉は、本当ならもっと早くに告げる筈がつい言いそびれてしまっていた。照れとそれで良いのかという迷いか ら。背景にはアムロからその言葉を告げられたいという気持ちもあった。しかし彼からのアプローチという気配は一向になく、とうとう地球に降り立つ直前と なってしまったのである。
こんな気持ちを誰かに強く持つ日が来るとは思わなかった。むしろ誰よりもそんな感情とは無縁だと思っていたのだ。「アムロ。一緒に、暮らさないか」
「‥‥‥‥‥‥」
え?というようにアムロの目が丸められた。
「付合いはじめてから随分経つ。そろそろ私は、良いと思うのだが」
「そろそろ‥‥って。急に言われても‥‥」
そう言うと先刻までの明るい表情はどこへやら、困惑したようにアムロは口籠ってしまった。
クワトロは眉を顰めた。
今が急だというのなら、アムロにとって一体いつなら急でないのだろう‥‥‥。人に明かせない共有の秘密───。
実はこの二人、過去には敵という間柄なのだがその反動なのか、今ではすっかり良い仲なのである。
ただ仲が良いだけなら何を隠す必要が?と誰もが不思議に思うだろうが、身体の関係まで発展しちゃっていたりするから問題なのだ。今だってただのお友達と呼 ぶにはちょ〜〜っと近いぞ、という目と鼻先の距離である。
時代はオープンになったとはいえ、まだまだ世間の風は斜めに冷たい。しかも一年戦争の英雄同士となればそれはスキャンダラスだろう。そこまで大袈裟でなく てもまあいろいろと問題や弊害も起こるにちがいない。そんなわけで二人の関係を知るのは、ごくごく限られた一部の親しい者達だけなのである。ちなみに ラー・カイラムの艦長は知りたくもなかろうが二人の仲を知っている。
クワトロには幸せになる自信が当然ある。とはいえ乗り越えなくてはならない山はまだまだ多い。一人では辛いだろうが、しかしそれもアムロと二人であれば耐 えられるだろう。別れる気は双方共にない。であれば地球を目前にしている今、アムロも当然これを受け入れてくれる筈なのだが‥‥‥‥。「‥‥‥ごめん」
「‥‥‥‥‥‥」
アムロの言葉にしばし沈黙が落ちた。
「‥‥‥それは、一緒に暮らせないという事か?」
ようやくそれだけを口にのせるクワトロにのろのろと、しかしはっきりとアムロは頷く。
「──なぜ」
「‥‥俺は‥そんなんじゃないんだ」
「どういうことだ。‥‥‥私との事は本気でなかったとでも君は言うのか?」
苦し気にアムロは顔を背けた。その肩を引き寄せ問いつめるといっそう辛そうに顔を歪める。
「遊びじゃない。‥‥でもそれは出来ないんだ」
「───。アムロ、訳は聞かせてもらえないのか」
「ごめん───」
「私にも言えないのか」
「‥‥ごめん」
すまない。
───本当に。
「‥‥‥‥‥」
遊びではない。しかし一緒には暮らせないと彼は言う。
理由も言わず頭を垂れてただそれだけを繰り返すアムロを、クワトロは戸惑いの表情で見つめた。
+ + + + +
「浮かない顔をしてますね」「カツ君」
一人休憩ルームで考えに耽っているとカツが話しかけてきた。
珍しい事もあるものだ。彼の方から話し掛けてくるとは。堅物として嫌煙されがちなクワトロだったが、子供受けは以外と良い。しかし何か気に入らない事があ るのかこの少年はいつもどこか不機嫌そうで、そんな彼がクワトロは少々苦手だった。そして彼もまたクワトロに同様の感情を抱いているのか私的な会話はあま りした事がない。
そんなカツが自分から声を掛けてきたのに、クワトロは苦笑いを浮かべた。「そうか、顔にまで出ていたか」
スクリーングラスをクワトロはかけていた。しかし彼にまで悟られてしまうほど落ち込みが顔に出ていたのだろうか。だとしたらよほど酷い顔を しているのだろう。
「貴方でもそんな顔をするんですね」
「機械じゃないんだ。私にだって感情はある。落ち込めばこんな顔もする」
「それを聞いて少し安心しました」
クワトロは笑みを引いた。
「どういうことだ」
視線を送ると黒目がちの瞳とぶつかる。それは思いがけなく強い視線だった。
「貴方はいつも高い位置から人を見ているとばかり思っていましたから。みんなと同じだと知って良かったと言っているんです」
「ひどい言われようだな」
本当にひどい言われ方である。
子供のくせに、上官侮辱で張り倒してやろうかとも思った。しかし落ち込みが酷すぎて結局そう思えたのは一瞬の間だけだった。むしろ気力は減退する一方で、 苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。
もしここにアムロがいたら───。
きっとこの向こう見ずな少年を窘めてくれるだろう。だがその彼がクワトロが落ち込む原因を作った張本人なのだ。それを思うとなんともやるせない。
アムロは途中で逃げるようにブリーフィングルームを出ていってしまった。最後まで「ごめん」の一点張りで、解決は何ひとつしていない。
カツはカツでよほどクワトロが気に入らないとみえる。言いたい事だけ口にすると彼もまたクワトロを残して休憩ルームから出ていってしまった。
これでますます気分は泥沼化していく。「‥‥‥‥」
クワトロは溜息をついた。
かつての赤い彗星も落ちたものである───。
運悪く居合わせてしまったトレースが、困ったように顎を掻いていた。
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