++ 夢にも思わない 2 ++
『アムロ、一緒に暮らさないか?』珍しく照れたようなクワトロの言葉を思い出す。
一世一代は大袈裟にしてもきっと悩み、考えたすえのあの言葉なのだろう。
いずれこんな日が来るんじゃないかと思っていた。
だからこそその時どう答えようかとイメージトレーニングだってしていたのだ。しかしいざ本番になるとそんなイメージトレーニングなど何の役にも立たなかっ た。
この歳で男同士で恥ずかしい話だが、誰にはばかることなくアムロだって彼との時間を過ごしたい。彼の言葉に応えたいとは思っているのだ。
しかし連邦屈指のエースパイロットだって恋の破局は怖い‥‥‥。(本当のことなんて言えるわけがない‥‥)
そう。考えてみるがいい。
自分が彼の立場だったらどうだろうと。
真実を隠して続ける関係に無理があるのは分かっていた。しかしこれから彼が背負うものを考えるとどうしても切り出せなかった。
その延ばし延ばしにしていたツケがとうとうこんな形で訪れた。(ああ‥‥‥)
脳裏にクワトロとはまた別の顔が浮かぶ。
実はそれもまたアムロの杞憂の種だった。
+ + + + +
地球帰還にまた一日近づく。
クルー達の喜びようときたらそれはもう身体一つで艦を飛び出す勢いだ。もっとも実際宇宙に身一つで飛び出そうものなら即死間違いないのだからそんな馬鹿は いないだろう。それはあくまで例えであり、そんな心境で皆いるという事だ。
そこまでおあずけを食らわせていた連邦上層部もひどいものである。そのうちバチでも当たるに違い無い。
だが今のクワトロにはどちらもどうでも良い事だった。
自分だけが空しさを噛み締めている‥‥。
そう思っていた。(帰る家か──)
任務最後の報告会資料を片付けるために、クワトロはひとり士官室に残っていた。人の去ったがらんとした空間はまるで今のクワトロの心模様の ようである。
もちろんクワトロも地球に戻れば家はある。
が、世界に点在しているそのどこにも自分が愛を注ぎ、そして自分を深い愛情で出迎えてくれる人はいない(執事や給仕やメイドや部下はいるが)。血肉を分け た妹はいる。だが長い間離れて暮らしていた彼女とは、そんな期待を望める間柄ではない。
血気盛んな若い頃であれば殺伐とした環境も良いだろう。しかし無味乾燥な宇宙暮しがこう長く続き、一つまた一つと気がつくと齢を重ねているこの現実に気が つくと、時にたまらなく温もりが恋しい。
ましてや心を許せるアムロという存在を見つけてからはなおさらのこと。そばにいてさえ想いは募るばかりである。
配置替えなんてものは厄介者、手に余る連中ばかりをゴミ箱よろしく放り込んだこの部隊でそうそうある筈ないと思うが、いつ何があって離ればなれになるとも 限らない。とすればアムロとの間に確固となるものも欲しくなる。(未練だな)
アムロは嫌がっていたではないか。
男同士である。家や家族がどうのと言える立場ではない。そういうことなのだろう。(所詮、私には過ぎた望みと言う事か)
我ながら馬鹿な真似をしたものだ──。
そう思って自嘲した。
静かにドアが開く音がした。
机上から顔をあげるとアムロが立っていた。
「クワトロ大尉。昨日の話なんだが───」「昨夜の話は忘れてくれていい」
口を開きかけたアムロをクワトロは遮った。
「──無理強いするつもりはないからな」
浅はかな振る舞いをしてしまったというバツの悪さが消えない。束ねた資料を小脇に抱えると、努めて冷静を装い急いで彼の脇を通り過ぎる。
しかしクワトロより先にアムロがドアの前に立ちはだかった。「‥‥‥‥大尉、通してくれないか」
「いやだ」
昨日の逃げ出した同一人物のものとは思えない、クワトロを逃すまいとする真剣な眼差し。
空気が緊張を孕みはじめたと思えた時、それがふっと緩んだ。「嬉しかったよ。シャア‥‥、昨日の言葉」
「‥‥‥‥‥」
「嘘じゃない」
「──では、嫌なわけではないのだな」
「当たり前だろっ」
それこそ心外だという表情をアムロは浮かべた。
照れながらも視線を逸らさずクワトロを見つめるアムロ。
その瞳は微かに濡れて、今がそんな時ではないと分かっていてもクワトロの男心をくすぐる。昨日の出来事もまあいいかと思ってしまうあたり、アムロが絡むと 我ながら単純だと思わねばならない。「嫌ってわけじゃないんだ」
しばらく沈黙した後アムロはのろのろと話を切り出した。
「‥‥ただそうするにはちょっと問題があって。騙していたわけじゃないんだが──いや、結果として騙してた事には違いないんだが‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「やはりここではちょっと‥‥‥」
本人は話そうと努力しているらしいが、どうも気持ちと行動が合わないようだ。しまいには窺うような視線をクワトロに投げてくる。
いつ人が来るかもしれないこの場所ではなく、二人の部屋のどちらかで話そうとどうやらアムロは提案しているつもりるらしい───。
それで本当に話が聞けるのなら良いが‥‥‥。「アム──」
「いつまでそんなていたらくをしている気ですか。アムロさん」
士官室のドアが開くと同時にアムロを叱咤する声が室内に飛び込んできた。
二人の間に割って入った手厳しい声の主。
それはカツだった。
「───全く埒があかない。どうせ場所を変えたって話なんて出来やしないんだから」
「カツッ」
なぜここにいるのか。
そう疑問に思う間もなくカツは二人に近付いてきた。「僕から話しますよ。アムロさんいいですね?」
「待ってくれっ。それは」
彼の出現にあからさまにアムロは狼狽していた。しかしカツはそんなアムロの必死な言葉など聞いちゃいなかった。
「アムロさんはニュータイプでエースのくせにこういう時は役に立たないんだから」
いたって冷静にぴしりっとアムロに言葉の鞭を与える。受けた方のアムロはといえば、それで勝負は決まったらしい。何も言えず口を噤んでし まった。ただその瞳だけが物言いた気におろおろとしている。
そんな二人のただならぬ様子を眉間に皺を寄せてクワトロは見ていた。
見かけによらず、結構気は強いアムロである。それがはるかに年下のカツに言い込められて恐々としている。二人がホワイトベース時代からの旧知の中で親しい 事は知っているが、それにしては尋常ではない。この二人には親しいだけでは済まない何かがあるのではないだろうか。
内心複雑な思いに捕われながら様子を見ていたクワトロに、今度は鉾先が向けられた。
「クワトロ大尉。いえ、シャア・アズナブル。今日はそう呼ばせていただきます」
「シャア」ともう一つの名を呼び、相変わらずのつぶらな瞳でじいいっとクワトロを見る。
そしてカツは鼻を鳴らした。
「貴方はアムロさんと暮らしたいんですよね」
「‥‥‥‥」
「でも貴方はアムロさんから良い返事をもらえなかった」
「‥‥‥‥」
いったいその言葉にどう答えるべきか。
事実カツの指摘するその通りなのだが、シャアは答えるのを躊躇った。なぜならそれは自分とアムロの間の非常にプライベートな話で本来カツが知る筈もないこ となのだ。それを何故。「──なぜ君がそんな事を知っている、という顔ですね」
自分の心の内まで代弁されてさすがにむっとしたが、そんなシャアにさらにカツは追い討ちをかけたるのだった。
「知ってますか?アムロさんは扶養家族を抱える一家の大黒柱だということを」
その言葉の意味するところ──。
さすがのシャアも理解するのに時間を要しなくてはならなかった。
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