++ 夢にも思わない 3 ++





聞きづてならないカツの言葉を理解した時、シャアの眉間には更に深い皺が寄っていた。

「‥‥‥‥どういうことだ」

「言葉通りですよ」

「アム──」

「シャアッ、ゴメン!!」

アムロの悲鳴にも近い叫び。
シャアはゆっくりとアムロに視線を流した。
カツが現れてから終止無言だった渦中の人物がシャアの視線を受けると居心地悪そうに身じろいだ。その額には大粒の汗が滲んでいる。
シャアとしては慎重に問い直したいところだったが、

‥‥‥どうやら真実らしい。

シャアが問い直すまでもなくアムロ自ら放った言葉によって、それが真実であることが証明されてしまった。

カツは一家の大黒柱と言った。

扶養家族と言った。

一人ではない。

アムロはごめんと謝った。


「‥‥‥‥‥‥‥」


『二股』の二文字がシャアの脳裏に大きく派手に点灯した。
しかし慌ててそれを取り消す。
あまりにも短絡的すぎる。それに昨日に続いてその発想ではあまりに情けないではないか。自分はともかく(もちろん過去の関係は全て清算済みである)アムロ はそんな事が出来る男ではない‥‥‥‥はずだ。
しかもその結論でいくと、自分が「遊ばれた」方なのだ。
それは納得がいかない。
それに結婚しているとはまだ聞いていない。恋人がいると確認したわけでもない。

「なんだか悶々としているようですね」

「シャア、大丈夫か?」

「‥‥ああ」

それ以外なんと言い様がある。
自ら突き落としたシャアをアムロが気掛かりそうに見つめていた。

「シャア大佐。それについては安心して下さい」

表情を隠してくれるスクリーングラスは胸ポケットに仕舞われている。今のシャアの心境はカツに筒抜けなのだろう。それが忌々しい。

「アムロさんは結婚もしていないし、つき合っているのも貴方だけですから。それが良いのか悪いのかは判断の難しいところですけどね。扶養家 族と言うのも僕ですからそう悪くはないはずです」

「‥‥‥‥‥」

さらさらっと言ってのけるカツをシャアは黙って見つめた。
彼の態度といい言葉といい、「扶養家族」と聞いた時から幾つもの仮説の中でもしかしたらと思っていた。

こんなところで当たっても、ちっとも嬉しくないのだが‥‥‥‥。







+ + + + + 






アムロの子供───。

これがアムロが自分に対しずっと抱え込んでいた秘密なのか。

「もちろん血の繋がりはありません。アムロさんの養子という事です」

それはそうだろう。一目瞭然だ。しかし思わず交互に二人を見てしまう。

「何か?」

「‥‥いや」

自分はカツを少年期の大人への反発を持て余し、ただ突っ走るだけの子供と見ていた。しかしこうして事の真相を明かされた今ではそれが大きな 間違いである事を知った。
アムロが言い出せなかったのもなんとなく分かる気がした。

「しかし確か君は‥‥」

カツといえばホワイトベースのクルー同士で結婚したカップルがいたはずだ(世界中継されていたから嫌でも目に入ったのだ)。そのカップルの 養子になった子供がカツだとシャアはもちろんロンド・ベルの隊員は今も聞いているのだ。

「たしかに最初は彼らの養子になりました。でもこっちにも事情というものがあるんですよ。そもそも僕は始めからアムロさんが良かったんだ」

少しだけ拗ねる素振りを見せたカツはその後もしばらく文句を言っていたが、呟きは小さくクワトロには良く聞こえなかった。

「いつかこんな事もあるだろうからと、貴方には早く本当のことを告げるようアムロさんには再三言っていたんですけどね。でもアムロさんって ば一向に告げたという報告はないし、だから直接ここまで来たんです」

そういえばカツは途中からこの部隊と合流したのをシャアは思い出した。
要は痺れをきらしてはっぱを掛けに来たのか。

「もちろんお二人の邪魔はしませんよ。僕はアムロさんが幸せになってくれさえすればいいんです」

シャアとアムロの関係を知ったような言葉だ。言うまでもなく彼は知っているのだろう‥‥。
アムロは困ったような申し訳ないような曖昧な顔をしている。
カツは報告と言っていたが、つまりそういうことなのだ。
シャアは脱力感に見舞われたが、カツに反対されていればこうもすんなりアムロとの関係も進まなかったはずだと思い直した。
そのカツはアムロが幸せならシャアとの関係を受け入れると言っている。
随分物わかりが良いようなことを言っているが眉唾ではないのだろうか。歴戦をくぐり抜けて今日まで来たシャアである。さすがにその言葉を鵜呑みにする事は 出来なかった。
しかし「幸せに」という言葉に素直に赤面するアムロを見つめるカツの姿は、息子と言うよりはまるで厳しさの中に優しさを滲ませる父親のようでもある。



───信じて良いのだろうか。



シャアは咳払いをひとつした。

「アムロ。カツ君のことは私も知らないわけじゃない。そのことで気が引けていたのなら気にしなくていい」

「シャア‥‥」

「では決定ということで良いですね」

「もちろんだ」

そんな簡単に決めて良いのか一瞬躊躇ったシャアだったが、ではアムロを諦められるかといえば当然それは無理である。即答した。

「シャア‥‥。良く考えてくれっ」

「私は君との生活を引く気はない」

「しかし‥‥」

「アムロ。私は考えたところで結果は同じと言っている。ここで構わんよ」

「‥‥‥‥カツも、俺も、一人とは言っていない」

絞るようにアムロが口を開いた。

「‥‥‥‥‥?」

「あと二人、男の子と女の子が‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥いるのか?」

コクンとぎこちなくアムロは頷いた。

「カツ君。‥‥‥‥‥‥そうなのか」

「ええ、いますよ。それがどうかしましたか」

詫びれもせずしれっと答えるカツは、アムロが申告しなければうやむやに済ましていたに違いない。

「‥‥‥‥‥‥」

まるで、出来過ぎのドラマではないか‥‥‥‥。
恥じらう様はまるで「子供が出来たの‥‥」と結婚を迫る恋人か新婚家庭の新妻か?
これが単なる火遊びであれば、遊びだった相手の男は窮地に追い込まれるわけだ。
もちろんアムロとの関係は遊びなどでは決してない。だからこそあらゆるリスクを負う覚悟は出来ている。
だがしかし、この手の会話は自分達の間で考えれば普通成立しない筈であって、シャアは当然考えもしなかった。
なんとも、これはまた‥‥‥。

「───安心‥‥したまえ。君ら四人を養うのは、造作もない事だ」

目眩を覚えつつ、それでもアムロを手放す事は出来ないのだとシャアは自分に言い聞かせる。

(私は三人の子持ちになるのか──)

「屋敷だって好きな部屋を自由に使ってくれて構わない」

というより、自分とアムロの住む屋敷以外ならどの屋敷を使ってくれても良いのだ。

(何かが違う‥‥‥)

「じゃあ正式決定という事で、よろしいですねシャア大佐?」

(これで良いのか‥‥‥‥‥?)

「もちろんだ!」

自分の口がまるで他人の口のようだった。







+ + + + + 






用が済むと昨日と同様、カツは早々に士官室を退室した。
後に残されたのは本来幸せに浸れるはずが、かえって気まずさに言葉を濁すシャアとアムロだった。
その時その場の勢いで、カツの繰り返す「決定」という言葉に後先考えず承諾をしてしまったが、自分は本当にアムロとの幸せな生活を送れるのだろうか ───。

「アムロ。君はいつから彼らと一緒に?」

アムロは考え込むようにしばらく黙って口を開いた。

「そうだなぁ。戦争が終わってしばらくしてからだから17‥‥18の時かな」

「そうか」

子供が子供を育てていたようなものではないか。残りの二人がどんな子供か自分はまだ知らないが、大変だった事には変わりはないだろう。
プロポーズした女性には、ことごとくお断りされてきたらしい。子供を三人紹介すると皆引いてしまったとか。そのおかげでシャアはアムロを手に入れる事が出 来たのだがなんとも皮肉な事である。それとも運命が二人が結び付くよう手を貸してくれたのか。出来れば後者を取りたいと思うシャアだった。
なにはともあれめでたしである。

「アムロ」

アムロがなんだ?というように顔を上げた。
そのアムロをシャアは抱きしめた。
はじめは突然の抱擁に戸惑う様子のアムロだったが、すぐに身体の力を抜く。

「‥‥‥シャア」

「ん?」

「貴方のとこ、行っても良いかな?」

「アムロ」

それはシャアが聞きたいと願った言葉だった。ようやく聞けた。
我知らず微笑みが浮かぶ。

「もちろん」

今まで人知れず苦労をしてきたのだ。アムロは(‥‥‥‥おそらく)。
なら自分はその分も含めてアムロを幸せにしてあげよう。






地球帰還まであと数日。
幸せに浸りながらそういえば、とシャアは思い出していた。
自分もアルテイシアに連絡しなくてはならないだろう。あれはあれで便りを寄越さないと怖いのである。








世界がもし多重世界、平行世界のひとつであるとしたら、この世界は比較的平穏無事な世界と言えるのだろう。
コロニー落しは行われず、時々反乱は勃発するもののジオン・ダイクンは不死鳥のような健在ぶり。
月の謀反も起こりはしても、女王の力で友好復活。
増え過ぎた人類は月を手始めに火星から木星。さらに外宇宙への進出と、まあこんな調子で未来もわりと明るいようである。
もちろん人生は悲喜こもごも。
平穏無事というのはあくまでも俯瞰であって、多くの人々は日々を堅実謙虚に生き暮らしているのだが──。
はたしてその中にシャアとアムロが加わるのか。
それはさておき、強いサポート(?)も得たわけだから、この世界の二人が幸せである事にまず間違いはなさそうである。






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- 夢にも思わない -

ということで馬鹿話でした。