何故こんな事になってしまったのだろう。
錐で突かれたような痛みがアムロを苦しめていた。
出ていったのはシャアだった。
しばらくのちその後を追いかけたアムロだったが、二階の寝室にいると思った彼の姿はどこにもなかった。途方に暮れて立ち尽くす。
しかしここにシャアがいたとしてどうだろう。
とうてい穏やかにシャアと二人この部屋で過ごせるはずもなく、姿のない事に後ろめたさを感じつつ安堵する。
気配はこの家の隅々にまである。外に出ていないのは確かな事で、探す気さえあればすぐにでも彼を見つける事が出来るだろう。だが、言うべき言葉も見つから ないというのに、どうして彼を探し出せるというのか。
シャアはどこにいるのだろう。自分と同じようにどこかの部屋に暗鬱とした気持ちでいるのだろうか。
広すぎるベッドの片隅にアムロは腰掛けた。
二人で寝てさえ広いベッドだった。小柄な自分一人ではその広さはなおのこと。一人で過ごす夜の事をシャアは考えた事があるのだろうか。
まったくなんて物を買ってきてくれたのか‥‥‥。
ともすればいつも些細な事で自分達は小競合いを起こしている。
大抵はこのベッドのようにシャアが持ち出す事々にアムロが反論の声を上げるのだ。
ぱたり、とアムロはベッドに倒れた。頭上の明かりが眩しい。

「‥‥‥‥」

その明かりに照らされながら、それでもほんの少し前までは上手くいっていたはずなのだと考える。

「‥‥‥‥」

それを、その均衡を崩したのはアムロだ。
では全てはアムロが悪いのだろうか。いいや、シャアが自分を煩わせる余計な事を言うからだ。
いや、ちがう。
彼の言う事はもっともな事だ。そこにいるのが彼でなく女性であればアムロだって同じ事をしただろう。
アムロは大きく息を吸うと長く深く息を吐いた。目を閉じる。
もっとましな言い方があったろうにと、後悔と迷いの念に支配されてしまいそうだった。
彼もアムロと同じ、心に秘めたものを持っている。
自分はそれを知っていた。
ニュータイプなら何でも出来るというのは都合の良い幻想だ。
たとえ互いを知り、共感と理解が出来たからといって、そこから一歩を踏み出し、受け入れなくては何も始まらない。人はエスパーか何かのようにニュータイプ と呼ばれる自分達を誤解し、羨まし気に見つめるが、互いを熟知しながらなおも相手を受け入れられないこのもどかしい様を考えた事があるだろうか。
それで自分達はララァを失い、今も深い傷をかかえている。カミーユも違う形で大きな痛手を負った。
そしてまた自分はシャアと同じ事を繰り返している。共に暮らしていてすら互いを傷つけている。不毛な堂々巡りだ。

シャア‥‥‥。

届かないのを承知で彼の名を囁いてみる。
そっと見上げた天井から注がれる柔らかな光はアムロを暖かく包んでくれたが、一人じっと身を横たえていると心が沈んでいくのを感じずにはいられない。
外は雪。弾力のあるベッドに埋もれていると、そのまま降り積もる雪と共に意識まで混沌とした中に埋没してしまいそうだ。目を閉じるとその誘惑は益々強くア ムロに働きかける。

好きだ‥‥。

そうでも言って、素直に貴方の胸にでも飛び込めというのか。
それじゃ女ではないか。自分は違う。そんな甘い関係をシャアに求めているわけじゃない。誰かに全てをゆだねる事は確かにそれはそれでいい。抗えない誘惑で もあり胸を焦がすが、「好きだ」そんな単純な言葉で終われる関係ではない。
どうやっても逃れられないのが自分達の関係なのだとしたら、それよりもっと確かな繋がりとして自分達はいられるはずだ。戦場ならもっと単純で明確なその形 がここでは分からないだけなのだ。
だが結局は迷いから抜けだせない、ただの言い訳にしかすぎないのだろうか。

あんたのこと、どう思えばいいのかわからない。

腑甲斐無い自分に嫌悪に陥りそうだ。

「‥‥‥‥」

差し出されたシャアの手を思い出す。幾度も握りかえした手だったが、あの時アムロは彼の手を取らなかった。
この自分を欲しいと言ったシャア。
憎いのか愛しているのか‥‥判らないと言い、それでも欲っしていると。
感情もあからさまにあそこまで明確な言葉をぶつけられた事はなかった。
じわり、とその言葉がアムロを捕まえようとその手を伸ばす。
吉と出ようが凶と出ようが、心の赴くまま流れに身を任せてしまえば良いものを。
そんな声が耳元で囁くが、そんな事出来るわけがない。
焦りに似た思いが胸のうちを駆け巡り、その辛さにアムロはごろりと寝返りをうった。
だめだ、シャアの言葉が耳から離れない。
再び寝返りをうち、ベッドに顔を埋める。
きつく目を閉じ言葉を脳裏から追い出そうとするものの、すでにアムロの中核にまで言葉は達していた。

貴方のせいだ。何もかも。自分がここにいるのも、こうなってしまったのも。

こんな事で苦しんでいる自分が滑稽だった。そして恐れる───。
またあの手を差し出されたら、この次はあの胸に縋ってしまうかもしれない‥‥‥と。
本当にいっそ憎しみだけなら良かったのに。こんな複雑な感情に振り回されなくて済んだものを。
だが、それでもどうやったって自分はあの男に落ちるしかないのか。

「責任・・・とれよな‥‥。シャア」

そんなやりきれない思いを漏らす。
この生活に終止符を打つ考えが不思議と思い浮かばないという事実。それがその思いに更に拍車をかけるのだった。









  * * * * 







この生活にはやはり無理があるのだろうか。
求めれば求める程彼はすり抜けていくようだ。まるで水か砂のように。
執着している自覚はたぶんにある。
日頃の自覚はないが、ふとした時にそれは起爆剤となって強烈な感情をシャアにもたらす。
そうでなければ忙しい自分の身を追い込むような真似までして、こんなところまで来る事はなかった。

「所詮、私には向かないという事か」

誰かが自分を待つ家などというものは。
もっともそんなものを持ちたいが為にここを訪れたわけではないのだが。
全てはアムロだ。
自分の知らないところで彼が埋もれ、消えていく事が許せなかった。自分はこうもアムロを気にしているというのに、一人だけ躊躇いもなく舞台を下りていくと いうのが我慢がならなかった。アムロにとって自分とはその程度の存在だったのかと。自分に課せられたやるべき事とは別にある、一番の存在意義の損失。
いつの間にその感情がすり変わったのだろう。
ただ嘲笑いに来ただけのはずが、彼を見つけた時、自分の中に別の感情が生まれた。受け入れがたい感情だったが、拒むには失ったものが多すぎた。
どこに続く道なのか、それはシャアにも分からなかった。
だが、まだ始まったばかりなのだ。自分にもアムロにも。
これが間違いだったと答えを出すにはまだ早い。


それでもアムロに拒まれた心の痛む感情を押し殺すのは難しい。
憎しみだけなら良かったものを、そう思うのはこんな時だ‥‥。








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