voice 6





戸口を背にして、花を抱えた少年がシャアを睨みつけていた。
いつからそこにいたのだろう。気配すら感じなかった。
少年に歓迎されていない事はその第一声ですぐに分かった。

「君は?」

「‥‥‥‥」

「無理に、とは言わないが──」

「身内です。‥‥‥彼の」

大きな瞳に宿る光は強く、その眼差しが瞬きも忘れたようにシャアをじっと見つめている。
自分が彼の居場所を邪魔している事に気がついたシャアは、青年の眠るベッドから身を引いた。すかさず少年はベッドに近付き、そして手に持っていた花の包み を脇の小卓に置いた。
その手つきは優しく、眼差しは青年を見てたちまち和らいだが、その眼差しがシャアに向く事はなかった。

「名前は?」

「あなたに言う必要ありますか」

ピシャリと跳ね返された。
伸ばせば手が届くという距離で、ピリリとした空気を感じる。敵意とは違うが明らかに少年は拒絶の姿勢だ。

「私は君に何かしたかな」

すると今度は睨まれた。そしてぷいと視線を外されてしまう。これではまるで自分が少年に対して何かしたようではないか。しかしそれこそ謂れ のない事である。なにしろシャアが少年と出会うのは、これがまったくの初めてなのだ。
シャアは口元に軽く笑みを浮かべたが、それは微笑みというよりはむしろ苦笑に近かった。
口をひき結ぶ頑な姿は、まるで花開く前の小さな堅い蕾。
小柄な少年だった。
青年期に差し掛かり始めているらしいが、あどけなさの残るその横顔はまだ少年で通じる。

──弟、なのか。

それにしては似ていない二人である。もちろん血の繋がらない兄弟がいても別段おかしくないのだが。
その少年はしばらく青年の顔色を窺った後、きれいにシャアを無視してパーテーションで区切られた部屋の片隅に姿を消していた。
シャアの耳にも届く蛇口から流れる冷ややかな水の音。花の包みを解いているのだろう、薄い紙のカサカサという乾いた音。
やがて音が止み、次に少年が戻ってきた時、彼と共に消えた枕許にあった花瓶には新しい花が咲いていた。

「‥‥‥‥‥」

いつ目覚めるかどうかもわからない青年のために、寂しくないようにと花を飾り、汗をかいていると見れば労るようにそれを拭う。答えがないと 知りながら、青年が感じているかもしれない苦痛や不快といったもの全てに、少年は応えてきたのだろう。
おそらく消えたあの男もそうなのだ。男と少年は共にこの殺風景な白い部屋で青年の帰りを待っていた。
時々はこの部屋に笑い声が聞こえる事もあったのだろうか。
だが男はもうここにはおらず、取り残された少年だけがシャアと入れ代わるように訪れて、花の香に切なさの気配を置いていったのだ。
親しみと愛しさを滲ませてあの男に『あいつ』と呼ばれていたのはこの少年なのだ。

「君だったのだな」

はっとしたように、少年が顔を上げた。

「だったらどうだって言うんです。あなたには関係ないでしょう」

冷たい言い回しだ。しかしシャアに引く気はなかった。
シャアも平静というわけではない。
理由の分からないまま引き込まれてすでに数カ月。あえて聞く事もしなかったが随分待ったつもりである。全ての責をこの少年に負わす気はないが、しかしこの 少年が終着点というのならここで全ての解答が欲しかった。
三人だけの完結された世界にシャアが入る事は出来ないにしても、シャアを招いたのはその中の一人である。
その一人がシャアにしか出来ず、『会って欲しい』というのなら、その理由があるはずだ。新しい世界、その構築にシャアでなくてはならないという訳が。

「シャアでいい。シャア・アズナブル。それが私の名だ」

「そんな事聞きたいんじゃないっ」

だが少年はあくまでもシャアを拒絶する気のようだ。強い否定の声を叩き付けられると共に、少年の怒りの色にも似た強い眼差しが突き刺すよう にシャアに向けられる。
しかし自身の発した言葉の鋭さに驚いたのか、次の瞬間には狼狽えた様子で手近にあった荷物をかき集め、そそくさと部屋を出て行こうとシャアに背を向けた。

彼は自分を知っている‥‥‥‥。

それは突然だった。
少年の無軌道な感情に胸のざわつきを感じながら、無意識のうちに逃げ出そうとする細い身体を素早く捕らえる。

「離せよ!」

強張った表情で少年がシャアを見上げた。

「私を知っているのか」

「‥‥‥」

答えを聞き出そうと、少年の手首を掴む手の指先に力を込めると痛むのか、少年の顔が紅潮し苦痛の表情が束の間浮かんだ。それでもシャアを見 上げてくる少年の瞳には強い光が残っている。

「来なければ良かったのに」

「?なに‥‥?」

「君は来るべきじゃなかったんだ‥‥」

シャアは眉をひそめた。『来るべきではない』そう言った少年は今までの勢いはどこへ行ったのか、シャアから顔を逸らし、項垂れている。

「なぜ‥‥」

「君は僕と会ってはいけなかったんだ」

少年が呟く。
その言葉にシャアの心臓が一度だけ大きく脈打った。






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