voice 8
その日アムロは今回の作戦の総指揮官でもあるキシリアの呼び出しを受けていた。
近年例を見ない大規模な遠征のため、全てが整うにはまだ半年近くはかかるだろうが、軍の準備は着々と進んでいる。出立間近ともなると一層慌ただしいのだろ うが、それまでの今のこの時期はアムロにとって久しぶりにのんびりと過ごせる貴重な時間だった。
しかし考えてみれば、いつの間にかアムロの周囲は葉が落ち始めた秋の終日ように淋しいものだった。
のんびりと過ごす方法も忘れた。「アムロ」
運転席でハンドルを握るナナイが、バックミラー越しにアムロの顔を覗いていた。
「ああ、すまない」
気配を読んだのか、心配そうに様子を窺うナナイにアムロは笑みを返した。
それから顔を引き締めると、窓枠の外を流れる景色を見つめる。
キシリアとはこの作戦前から幾度か顔を見合わせた事がある。女性にしては感情の見えない剣の切っ先が鋭すぎる人物だ。
そのキシリアがアムロに用があると言う。忙しい合間をぬって一介の士官に何の用だろう。先日からこの惑星に降りている事は知っていたが、呼ばれる程の用件 があるとは思えない。
目の前に領事館の白い壁が見えてきた。アムロはため息をついた。本来堅苦しいのは性に合わないのだ。しかしナナイの運転するエレカは、否応無く領事館の門 を通り抜けたのだった。
* * * *
「どうやら君は、よほどの馬鹿らしいな」窓の外の光を浴びていたシャアは振り返った。およそひと月。一度だけ出会い、別れた少年が入り口に立っていた。さすがに私服ではなく、細身 のまだ少年の域の身体に軍服を着用している。その姿を見て、心のどこかでまだ信じきれずにいたものが現実味を帯びてくる。
相変わらずひどい言われようだったがそれはあらかじめ予想していた事だった。そして今日のこの時間、彼が領事館を訪れる事もシャアは承知済みだった。「貴方の部隊に入隊する許可を得に来た」
前もって用意していた言葉を告げると、たちまち少年が反応した。憮然とした表情を見せる。
「今回のキシリア様の遠征に志願した」
「──え」
戸惑いながら口を開きかける少年にその先を言わせず、シャアは更に言葉を続けた。
「病院ですぐに貴方は判ったはずだ。二年前、暗黒宙域で私を助けたのは貴方だなのだろう。それまで妹も私も、自分の中に能力があることなど 知らなかった」
「‥‥‥覚醒したのは僕のせいだとでも言いたいのか」
「いや」
シャアは即座に否定した。
「ではなんだ。生き延びることや上に昇る事を考えて僕に近づいているのなら見当違いだ」
少年の言葉の中には興味本意で近づこうとする者を淘汰する厳しい響きがあった。
しばらく沈黙した後、シャアは少年の瞳を正面で受けながら口を開いた。「やられっぱなしは私の性分ではないんだ」
二年前の出来事は忘れようにも忘れられない。思い出すようにシャアは再び口を開いた。
機体の性能差は歴然としていたが、それ以上にその手腕に震えた。そして候補生として訓練で練習機に搭乗する度に、防戦しか出来なかった自身の情けない姿を 思い出し、部隊の中でもとりわけ凌駕していたエース機の、姿の見えないパイロットに思いを巡らせていた。
彼に追い付き追い越す事は、果たして自分に出来るだろうか‥‥。
その手練のパイロットは今、目の前にる。
そしてシャアより遥かに長い時を生きている、実は少年だという。
彼についてまわる数々の噂はシャアも知っている。彼が噂の主と知ったのはかなり後の事だったが、二年前の姿ならなるほどと納得もする。しかし病室を花色と 共に彩っていた彼の優しさ、脆さも本物だ。老成の光を瞳にのせながら、遥かに年下であるシャアよりも、瑞々しさを少年の器に保っている。拡大し続ける連邦 世界でどちらもただ一人。いくらシャアが病室で既視感を抱いたとしても、ナナイが現れなければ結び付ける方が難しかっただろう。
今の姿通りの短い生しか送ってきていないシャアには、なんとも不思議な存在としか言い様がなかった。
自身に内包する理性とプライドを説き伏せ、奥の部屋にいるキシリアにこうするよう頼んだのはシャアだった。
今もなぜそうしたのか、ここに来る気になったのか、シャア自身もわからなかった。
ただ一つ確信があった。病室で少年に触れた時から、一つの予感を持っていた。この一歩を踏み出せば、おそらくその通りになるのだろう。
惹かれるからこそ恐れもし、反発する。とりわけ失うばかりだった目の前の彼は。白い悪魔。
生きた伝説のような男。姿は知らなくとも彼の通り名は敵味方問わず、広がる宇宙で多くの者が知っている。一介の兵士とはいえ彼が望めば、あ のキシリアも無視はするまい。いや、彼がどう言おうとシャアとキシリアの間での話は済んでいた。後は全て彼による。
彼に愛情を抱きながら、誰も選んでこなかった道。あるいは青年や消えた男のように途中下車せざるえなかった者。
再び黙り込んだシャアの沈黙を、少年はどう受け取めたのだろう。「どうやら口は達者らしい」
子供だ、そう言いたげだ。
「それなら私を煽らないで欲しいな」
少年の片方の眉がぴくりと動いた。
『殻をかぶったヒヨコだな。───素人が。無茶をするな』
そんな事を言われてシャアがおとなしくしていると思ったのだろうか。二年間その言葉を引きずり続けてきた。今の自分は少なくとも二年分は成 長している。今度は黙って引き下がる気はシャアにはない。
「いいコンビになると思わないか」
「‥‥‥‥」
彼にもその姿が見えている。むしろシャア以上に。長い沈黙はその答えだ。
「アムロ・レイ大佐」
「勝手にしろ」
返事を促すとアムロはそっぽを向いてそう答えた。その言葉にシャアはニヤリと笑った。
「やらしい顔だ」
悦を抑えきれずつい顔に出てしまったそれを悔しいのだろう、アムロは不快だというように睨みつけた。
「なんとでも」
当分憎まれ口ばかり聞かされそうだが、いつかきっと認めさせてみせる。
「さっさと報告したらどうだ。どうせ話はついているんだろ」
どうやらそれも気づいていたらしい。早く行けと顎で促されてしまったシャアは名残惜し気にアムロを一瞥すると、黙って天然目の厚い扉に向 かって歩き出した。
アムロの柔らかな視線をシャアは背中に感じた。
振り向きたい衝動にかられたが、彼はたちまち気の強い視線でシャアを睨みつけるに違いない。
アムロと共に生き残る自信はあった。彼も認めたのだ。きっといい相棒同士に二人はなる。
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1 2 3 4 5 6 7 8話が進まなくて、どうしようかと思ってしまいました。
この段階で二人に密なものを求めても無理というもの。
機会がればおまけという形で書いてみたいと思います。